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10番目の婚約者である氷の伯爵様だけが婚約破棄をしてくれない!〜子供が可愛すぎて伯爵様の溺愛に気づきません〜  作者: 屋月 トム伽
第二章

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母親の生家

シンクレア子爵邸へと到着すると、今か今かとシンクレア子爵が待ち構えていた。以前も細身の外見だったシンクレア子爵は、ずいぶんと痩せていた。


「リクハルド様。お久しぶりです」

「ご無沙汰しておりました。リクハルドです」


馬車から降りて、シンクレア子爵に挨拶をする。続けてシリルが降りてくると、シンクレア子爵の表情が緩んだ。初めて見る大人のせいか、シリルが足にしがみついてくる。


「その子が……」

「セアラの子供です。シリル。セアラの父上だ」


シリルに挨拶を促すと、緊張しながら前に出て、挨拶をした。


「シリルです。はじめまして。お祖父様」


キーラが教えた挨拶を思い出して言ったのか、以前よりもはっきりと挨拶をしたシリルに、シンクレア子爵が両手をシリルの肩に乗せて感動していた。


「セアラに似ている。子供は本当だったのか……」


ずっと、セアラが密かに子供を出産していることを信じてなかった。いや、信じたくなかったのだろう。だから、ずっとシリルの存在を否定していた。だけど、日に日にセアラが他界して、唯一残されたシリルが、娘の忘れ形見だと思い始めたのだ。


そうして、セアラの面影が残るシリルを見て、確信に変わった。初めて会う祖父なのに、シリルは呆然としている。


シンクレア子爵が、感動して泣いているからかもしれない。


「シリル。どうした? ほら、土産を渡せ」

「お祖父様。どうぞ」


淡々と大事に抱えていたセアラの肖像画を出すと、シンクレア子爵が涙ぐんで受け取った。


「私にか?」

「お母様の絵です」

「セアラの……大事にしてくれていたのだな……ああ、嬉しいものだ」


セアラの肖像画は捨てられない。シリルにとって大事なものだからだ。


「ルミエル。よく連れて来てくれた。感謝するよ……」

「私は何も……そろそろお会いになっては? と根気よくお話ししただけです」

「セアラが他界してから、君がよく来てくれたおかげだ」

「まぁ、シンクレア子爵様……親友のお父上ですもの。気にかけるのは当然のことですわ」


セアラが他界してから、病んだシンクレア子爵を気にして、ルミエルは何度も足を運んでいた。そのせいか、シンクレア子爵はルミエルを娘のように思っており、三人で並んだ姿を微笑ましく見ている。


「それよりも、大事なお話は邸でしましょう。リクハルド様がお疲れです」

「ああ、そうだな。少し休んで晩餐で話そう。シリルや。セアラの部屋においで」

「お母様の?」

「そのままにしてある。是非とも見てみるといい」


シンクレア子爵に連れられてセアラの部屋へと行くと、今でも掃除は欠かしてなく、綺麗なままだった。


「まぁ、あの頃のままですわね」


ルミエルが懐かしそうに言う。


「そうなんですか? お父様」

「さぁ、あまりシンクレア子爵邸に来てないから何とも……」


はっきり言えば、覚えてない。あの頃は、王都の騎士団の宿舎で過ごしていたから、セアラとも、あまり会うことはなかった。

そのせいで、セアラに責められたことがあった。「たまにはお会いになってください」と。


そうして、浮気していることにもまったく気付かなかった。


「ここは、シリルの部屋にするつもりだ。今夜はここで過ごせばいい」

「ここで?」

「ああ、本当にセアラに似て……どうだ? 気に入ったか?」

「よくわかりません」


淡々と応えるシリルを上からジッと見下ろすように顔を近づけたシンクレア子爵。シワのある初老の笑顔を向けられたシリルは、目を大きくして呆然とした。緊張しているのだろうが、驚いているのはわかる。他人には、わからない反応だけど。そんな反応の薄いシリルを抱き上げた。


「どうした?」


すると、シリルがギュッと抱きついてきた。


「緊張しているのか? あまり笑わないのう……セアラはよく笑う娘だったが……」

「そのようで……シリルは人見知りです」


あまりどころか、まったく表情を崩さないシリルを見てシンクレア子爵が戸惑う。だけど、最近はキーラのおかげで少しずつ表情が出てきていた。それでも、まだキーラ以外にはそう表情を崩さないでいる。


「やはり、子供には母親が必要なのではないか?」

「そうでしょうか……」


シンクレア子爵が言う。

キーラに、母親を求めて婚約を受けたわけではない。だけど、シリルが唯一懐いているの、キーラだけなのだろうと思える。


「シリル。母親が欲しいか?」

「お母様はいます」


ちらりとシンクレア子爵が持っているセアラの肖像画を見るシリル。この子には、母親はセアラということなのだろう。まだ、新しい母親という認識がないのだ。


「そうだな……だが、キーラはどうだ?」


すると、眉間にシワを寄せて睨むシリル。


「なんだよ。その顔は……」


キーラの話になると、どうもシリルの顔が不機嫌になる。思わず、ため息がでた。


「……わかったよ。どのみちキーラを迎えに行くつもりだった。明日には戻るから、一度王都の邸に戻る。かまわないか?」

「キーラ様も来ますか?」

「絶対に連れてくる」


ここにいれば、ルミエルが夜にはやって来そうだと思える。それ以上にキーラが気になっている。シリル一人で来させられなくて、一緒に来た。一人置いていくことに不安はある。


だけど、ルミエルのことを疑われたままでいるのも不安だった。


「シンクレア子爵。少し早いが……これで、失礼します」

「晩餐もご一緒しようと思っていましたが……」

「少々用事があります。ケヴィンの部屋はシリルの部屋のそばにしていただきますか?」

「それはかまいませんが……執事を?」

「シリル一人を置いていくので……連れて来たメイドと下僕(フットマン)も何かあればすぐにシリルのところに来させてください」

「では、執事は向かいの部屋を用意しましょう」

「感謝します」


執事の部屋を上階にすることはない。だけど、現在はシリルの教育係も世話係もいない。

ルイーズのことがあってから、すぐには次の教育係を決めようとは思わなかったのだった。


その時にバタバタとケヴィンがやって来た。


「リ、リクハルド様!」

「どうした? 邸で騒ぐものではない」

「し、失礼いたしました! しかし……っ! 邸から伝達が来まして……」

「何の伝達だ?」

「それが……奥様が出ていったと」


思わず、青ざめフラリと倒れそうになる。


なぜ、出ていく!?


浮気をしたわけではない。だが、色々不味い気がしてきた。抱っこしているシリルが不審な目で睨んでいるからかもしれない。


「すぐにキーラを連れ戻すから心配しないように」

「意地悪しませんか?」

「あれは意地悪ではない」

「僕も一緒に行きます」

「早馬で行くから、シリルはここにいなさい」

「むぅ」

「だからその顔はやめろ」


シリルを降ろすとシンクレア子爵が「ワシといよう」と声をかけてくる。


「セアラの好きだった菓子もある。食べてみないか?」

「お母様の?」

「ああ、夕食もセアラの好きなものばかり準備しておる」

「……食べます」


セアラのことには興味ある様子で頷くシリル。


「では、すぐに出る。明日には迎えに来るから、何かあればケヴィンを頼れ」

「はい」


シリルが不満気ながらも返事をする。


「では、ケヴィン。あとは頼んだ」

「かしこまりました」


そうして、急いで王都へと帰った。








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