父親と子供と殿下のお守り
足が痛いというルミエルを邸まで送り、シリルと二人で街に来れば、すでに外は日が落ちかけていた。
「御者がこの辺りの菓子屋だと言ったが……あれか?」
キーラが買ってきたケーキの店を探しながらシリルと歩いていると、可愛らしい様相の菓子屋が目に入った。明らかに女性向けを狙った菓子屋だった。
「アレに入るのか……」
思わず、眉根が寄る。
男二人で入るような店ではないと思うが、シリルは早く行こうと刺すような視線でジッと見上げてくる。
「……入るか?」
こくんと首を振るシリルと一緒に菓子屋に入ると、甘い匂いがした。男二人で来たせいか、周りの視線がこちらを向いていた。気にすることなく進めば、店には焼き菓子が多く並んでおりシリルが目を輝かせて焼き菓子を見ている。
「欲しいのか?」
「二つ買ってもいいですか?」
「二つ?」
「キーラ様にあげます。食べてくれるでしょうか?」
不安気にシリルがクマのクッキーを見て言う。
「きっと喜ぶ。キーラは、お前を好いている」
俺よりもな。と密かに思う。絶対に婚約者の自分のことなど見てないと思う。
「じゃあ、買います」
クッキーのなかで一番大きなクマの形のクッキーをシリルが二つ手にして、他の菓子を見ながら歩くシリルとケーキを見た。
すると、シリルがハッとしたようにケーキに食いついた。
「お父様。このケーキです。キーラ様が買ってきたチョコレート」
「ああ、これだな」
腰を曲げてシリルの頭越しからチョコレートのケーキを眺めた。
「では、買うか」
そうして、キーラが食べられなかったチョコレートのケーキとシリルの選んだクッキーを買って店を出た。
嬉しそうにシリルがクッキーを抱きしめており、そう言えばシリルと菓子屋に来たのは初めてだと思う。
「シリル。菓子屋はどうだった」
「甘くて美味しい匂いがしました」
「……よかったな」
最近では、少しずつ感情が現れていると思えば、やはりシリルはどこか淡々としていた。
「あとは、花でも買うか」
「お花?」
「女は喜ぶらしい。店が閉まる前に急ぐぞ」
ちょこちょこと歩くシリルの手を握り歩いていると、花屋が目に入った。店に入ると、ここでもシリルはきょろきょろとしていた。
「花屋は初めてか?」
「お花を買うんですか?」
「そうだな。キーラに贈ろうと思って……」
「僕も買います」
どの花にするかと眺めていると、シリルが言う。思わず、眉間にシワが寄る。シリルを見ると、必死で目で訴えている。
「……ダメ」
シリルが贈れば、キーラはシリルが贈った花しか見ない気がして、力いっぱい否定した。
「僕もキーラ様に贈ります!」
「シリルは、クッキーがあるだろう」
「お花も一緒だと、キーラ様が嬉しいかもしれません」
「鋭いことを言うなよ」
困ったと思えば、シリルが眉間にシワを寄せてむすっとした。
「なんだよ。その顔は」
子供の扱いなどわからなくて、シリルの見たこともない不貞腐れた表情に戸惑ってしまう。
「シリル」
「はい」
「キーラは、シリルとお揃いのクッキーに喜ぶはずだぞ。だから、花は必要ない」
「喜びますか?」
「絶対に喜ぶ。キーラは、シリルのことで頭がいっぱいだ。花はお父様の特権だ」
「じゃあ、我慢します」
「そうしてくれ。シリルは、また今度贈ればいい」
そうして、両手いっぱいの花束を買った。馬車に戻れば、大事そうにシリルがリュックを抱えている。その姿が微笑ましいと思える。
いつも大人しい子供だった。人に会うのは緊張して、いや、警戒していた。そして、自分といる時だけ足にしがみついてくる。それ以外は誰にも近づかない子供だった。
いい傾向なのだろう。
そう思いながら、出発する馬車から窓の外を見れば、穏やかな気持ちが一瞬で凍った。
キーラが、仲睦まじそうな様子で男と腕を組んで歩いている。
「どこかで見たな……」
誰だっただろうかと思い出せば、先日、王都のマクシミリアン伯爵邸にキーラを送ってきた男だった。
そうして、キーラの姿が見えなくなりながら、馬車はマクシミリアン伯爵邸へと向かっていた。
王都のマクシミリアン伯爵邸に帰ると、ちょうどウィルオール殿下がやって来ていた。
「殿下? どうされました? 用事があれば、こちらから伺いますが……」
「少し出かけるついでに会いに来ただけだ。シリルがシンクレア子爵のところに行くと言っていたし……婚約者効果は絶大だな。女どもが動き出したせいで、物事が動き出している」
「キーラだからだと思いますよ。行動が読めないんですよね」
はぁーー、とため息を吐けば、くくっとウィルオール殿下が笑う。すると、下からの視線に気づいた。シリルがウィルオール殿下との会話をじっと聞いている。
「ああ、シリル。その背中のリュックはどうした?」
「キーラ様が……」
馬車から降りたシリルに近づいたウィルオール殿下が、シリルの頭を撫でて聞いた。
「キーラがシリルに贈ったものですよ。自分で剣が収められるようにと、キーラが縫ってくれて……」
「ふふ……キーラ嬢に先を越されてしまったな。私もシリルに贈り物を用意していたのだが……」
すると、ウィルオール殿下が懐からキーチェーンを一つ出した。
ウィルオール殿下が持っている鷹の紋様のあるキーチェーンを見せられて、シリルがきょとんとした。
「これをシリルにあげる。大事なものだから、決して肌身離さずにいるんだよ」
「大事ですか? お父様がくれた剣みたいに?」
「そうだね……お守りだ。失くさないように、背中の剣に付けておいてやろう」
ウィルオール殿下が、剣身と柄の部分へとぐるっと輪になるように巻いた。剣のガードの部分にキーチェーンが当たるとチャリッと音がした。
「……いいので?」
「何かあれば、シリルの助けになるだろう?」
「そうだといいのですが……」
嬉しそうに揺れるキーチェーンを見ているシリルの肩にそっと手を置いた。すると、気が付いたように、シリルがウィルオール殿下に感謝を告げた。
「シリルは可愛いな。お前に似ないようして欲しいものだ」
冷たい氷の伯爵と言われている自分のようにならないで欲しいと、ウィルオール殿下が冗談まじりで言う。
「晩餐でもご一緒しますか?」
「今夜はやめておく。今から、俺はデートだ。少し寄っただけと言っただろう。では、失礼する」
そう言って、ウィルオール殿下が去っていった。




