胸の痛みと三つのケーキ
買い物をして邸へと帰れば、リクハルド様は書斎にいると言う。さっそくシリル様にお土産のケーキを持って書斎へと行った。
「シリル様。ただいまキーラが帰りました!」
元気に書斎の扉を開けると、リクハルド様とルミエル様が抱き合っている。思わず、開けた扉のところで足が止まってしまった。
「キーラ?」
リクハルド様は慌てる様子もない。
「あら、お邪魔でしたか」
「何の邪魔だ」
私を見て、リクハルド様がそっとルミエル様の肩に手を置いて身体を離すと、ルミエル様は照れた顔を抑えながらちらりと私を見た。
「シリル様にケーキを買ってきたので、お持ちしたのですけど……」
「では、お茶の時間にしよう」
「はい。私はシリル様をお呼びしますね」
書斎に入ることなく、笑顔でそっと扉を閉めた。
……リクハルド様は、シリル様と一緒にいるかと思って書斎へ行った。だけど、予想外にもリクハルド様と一緒にいたのは、ルミエル様だった。
ちょっと失敗したかしら?
胸がチクンとした。見ないほうが良いものを見た気分でシリル様を迎えに行けば、部屋で剣を振り回していた。
なんて可愛いのだろうか。これぞ無邪気な子供の姿だ。
「シリル様」
「キーラ様……!」
私に気づくと、シリル様が照れた表情で駆け寄ってくる。足元に抱き着いてくるシリル様の目線に合わせて抱き寄せた。
「今、帰りました。シリル様はとっても強くなりそうですね」
「そしたら、キーラ様を守ってあげます」
「まぁ、シリル様が守ってくださるのですか?」
シリル様がこくんと頷いた。
「嬉しいですわ。シリル様が私の騎士様ですね」
「絶対に強くなります。だから……」
「はい。じゃあ、立派な騎士様になるためにおやつにしましょう。美味しそうなケーキを買ってきました」
「ケーキ……」
「チョコレートのケーキですよ。使用人たちにも買ってきたので、階下へ行ってすぐにお茶も頼んで来ますね」
「僕も行きます!」
「では、ご一緒下さい」
名残惜しそうに剣を置いたシリル様に手を出せば、そっと手を繋いでくれた。
階下の使用人たちの部屋へと行き、そのまま御者の部屋へと行った。
「お加減はいかがかしら?」
「奥様っ!」
部屋で休んでいた御者の見舞いに行くと、慌てて御者がベッドから降りようとしていた。
「そのままで大丈夫ですよ。先日のお詫びにお菓子を買って来たんです」
「じ、自分にですか!?」
「ええ、気に入るといいのですけど……」
「いいのでしょうか?」
「何か問題でも? 使用人たちにも、みんなで食べられるお菓子を買ってきたので、気を遣う必要はないですよ?」
「しかし、すぐに魔法で治していただきましたので……その、特に不自由はなかったというか……」
「では、クリス様に感謝ですね。じゃあ、クリス様にも、お礼をしますね。お食事でも誘うかしら?」
そう言えば、王都に来てから世話になったのに、クリストフ様に何もお礼をしてないと思っていると、ドレスにしがみついているシリル様の手に力が入っていた。
「シリル様からも、お菓子をお勧めしてください」
「おすすめ?」
「はい。どうぞ、と言ってくださればいいのですよ」
「どうぞ?」
「お上手ですよ」
シリル様が御者に声をかけたことに、御者が驚いた。今まで、まともに話すことすらなかったのだろう。階下に来ることもなかった。
「では、ゆっくりと休んでくださいね」
「ありがとうございます……奥様」
シリル様と手を繋いで部屋を去る二人の姿を見て、本当の親子みたいだと御者が思った。
お茶の準備を始めているケヴィンに声をかければ、お土産のお礼を言われる。
「ケヴィン。私のお茶は部屋に持ってきてくれる?」
「リクハルド様とご一緒しないのですか?」
「それが、ルミエル様が来ることを知らなくて、三人分しか買ってこなかったの……ルミエル様だけ違うのを出すわけにはいかないし、私がご遠慮するわ」
「しかし……」
ケヴィンが、お茶に私だけが出ないことを怪訝な表情で言う。足元にいるシリル様も眉間のシワをよせて私を見上げている。視線が痛い。
「キーラ様は、一緒にお茶をしないのですか?」
俯くシリル様の目線に合わせて腰を下ろした。
「……私はお部屋でお茶をしますね。少しやることもありますし……私のことは気にせずに、シリル様はお茶を堪能してくださいね」
シリル様の頭をそっと撫でた。そうして、リクハルド様とルミエル様のいるところへと連れて行くと、二人はサロンでお茶を待っていた。




