目撃子供
「クリス様。送ってくださってありがとうございます」
「では、私は仕事があるから……」
「はい。ごきげんよう」
クリス様を手を振って見送ると、あっという間にクリス様が去っていった。
そのまま、部屋に戻ろうと思うも、シリル様の寝顔が気になって部屋に行くと、バタバタと足音がする。まさか、とおもいながら部屋に入ると、シリル様が慌てて窓辺から降りてベッドに戻っていた。
「入りますよ。シリル様」
部屋に入ると、シリル様がシーツから少しだけ顔を出してこちらを見た。
「まだ、起きてましたか……眠れませんか?」
「……おかえりなさい。キーラ様」
「はい。ただいま帰りましたわ」
にこりとシリル様の頭を撫でれば、頬を染めて嬉しそうに目を閉じるシリル様を見て、私の目尻も下がる。
「もしかして待っていてくださいましたか?」
そっと頷くシリル様に、やはり可愛いと思える。
「嬉しいですわ。では、眠るまで一緒にいましょうね」
「はい」
そう言うと、シリル様から手を伸ばしてきた。少しずつ懐いてくれるのが嬉しいと思える。
そうして、瞼を閉じたシリル様はあっという間に眠ってしまった。
眠いのに、頑張って起きていたのだろう。そっと頭をもう一度一撫でしてそっと部屋を出た。
自室に帰ろうと廊下を歩いていると、シリル様の母親の肖像画が飾ってある部屋の扉を目に付いた。
リクハルド様が今でも想うセアラ・シンクレア、部屋に入って肖像画を今一度見ても、美しい方だと思う。
「……こっちは、庭を散策しているところをスケッチしたのかしら?」
静止画とは違う、動いているところをスケッチして描いた絵画がいくつもある。
「きっと、私と違って儚げな令嬢だったのでしょうね」
柔らかに笑うセアラ・シンクレア。淑女のような仕草で朗らかに笑い、健気を含んだ、理想の笑顔を見せる。彼女は、想像通りのイメージで……ゆっくりと手に魔法の火を灯して見ていけば、足が止まった。
「これ……」
私と同じ生地で作ったドレスに愕然とした。ドレスのデザインは違う。でも、リクハルド様が、希少だと言ったこの銀糸に青味が混じった光る刺しゅう入りのドレスをセアラ・シンクレアも着ているのだ。
「婚約者に贈るものだったのかしら? マクシミリアン伯爵領の希少な刺しゅうだと言ったし……」
よくわからない。わかることは一つ。私は特別ではなかったということだ。
「ということは、私のやるべきことは一つね……」
♢
急いで王都のマクシミリアン伯爵邸に帰れば、ケヴィンが迎え出た。
「ケヴィン。キーラは?」
キーラがどこにもいなくて、馬車乗り場へと行けば、夜会から一人で帰っていたと聞いた。しかも、馬車を置いてだ。
「お帰りになっております。もう、お休みになられていると……」
「そんなに早く帰ってきたのか? いったいどうやって帰宅をしたのだ」
「それが……」
言いにくそうにケヴィンが俯いた。
「……一人で帰ってきたのではないのか?」
「……昨日、キーラ様を送って下さった、魔法師団のクリストフ様という方の馬でお帰りに……」
「馬で? 二人でか?」
思わず、声音に力が入る。
こくんと頷くケヴィン。無言で手を挙げて下がるように合図をすると、うやうやしくケヴィンが頭を下げていた。
いつも、一人壁の花になっていたキーラ。婚約者と来ているはずなのに、婚約者はキーラのラッキージンクスのせいか、他の令嬢と出会っていた。その間、キーラは一人だったのを何度か見たことがあった。
キーラの部屋へと行くと、すでに彼女は眠っている。そっと頬を撫でれば、悩まし気に身体を捩らせた。
「周りにあんな男、いたか……?」




