冷静と嘲笑の間に
「……頬っぺたが熱かったのに……」
二人で並んで歩いて行った。ルイーズ様には見向きもしなかったのに……何だか複雑だった。
話はシリル様の母親のこと。シリル様のことに私は無関係なのだろう。
顔を上げれば、シリル様と同じ髪色の男性が女性の腰に手を回して歓談している。
(シリル様も大きくなれば、きっとあんな風な髪色になるのでしょうね……シリル様の方が背も高く顔も良さそうですけど)
なんだが寂しくて、ぼうっとして見ていた。すると、男性が私の視線に気づいた。
「キーラ……!?」
「……はい。どなたでしょうか?」
シリル様のことで頭がいっぱいで男性の顔など認識していなかった。
「いやですわ。キーラ様。ジェレミー様をここまで追いかけて来られては困りますわ」
「ジェレミー……?」
誰であっただろうと思い出していると、目の前の二人はくすくすっと笑っていた。
「ああ、思い出しましたわ。婚約破棄の慰謝料を払わずに別れた貧乏な令息ですわね」
「誰が貧乏だ! 我が家は立派な侯爵家だ! 男爵令嬢の分際で何を言う!!」
「あなたよりもおこずかいは持ってましてよ?」
「我が家の家格と、資産に比べればこずかいなど比べ物にもならん」
「家で張り合っても……あなたは、爵位を継いでないですし……」
「どうせすぐに継ぐことになる。俺が後継者だからな」
後継者と言っても、ジェレミー様は次男だった。でも、長男が若く他界したために彼が爵位を継ぐことになるらしい。そのせいで、とっても偉そうだ。
「それはよかったですね。せいぜい潰さないように頑張ればよろしいのではなくて?」
「……っ!?」
私はおこずかい戦争をしに来たのではないのだ。別れた男などどうでもいい。悔いが残るのは一つ。慰謝料を払われなかったことだけ。
「はぁーー」
シリル様とずっと一緒にいたい。あわよくば、母親にもなりたかった。それも、無理な気がしている。落ち込んだ時に現れないで欲しい。しかも、シリル様と同じ髪色。そのせいで、シリル様を思い浮かべてこんな男を見つめることになってしまっている。
思わず、ため息を吐いた。
「その態度は治らないのか! いつもいつもっ……」
「あなたの態度が不愉快だからです。だいたいもう別れているのですよ? 私がどこで何をしようと関係ないのでは?」
「では、なぜ私を見ていた。まさか、私を追いかけてきたのではあるまいな」
「そんなわけないでしょう……私は一度たりとも別れた婚約者とやり直したいなど思ったことはありません」
見ていたのは、シリル様と同じ髪色だったからだ。はぁ、同じ髪色に不愉快で、丸坊主にしてやりたい。
「では、新しい婚約者探しか? だが、無理だぞ。ふしだらな令嬢に縁談など来るものか」
ハッ! とジェレミー様が笑う。
「それとも、このヘイスティング侯爵家の妾にでもなりたいのか? それなら、考慮してやってもいい。お前は魔力も高く、顔はいいからな」
ジェレミー様が私の顎を掴むように手を添えて言う。ジェレミー様の婚約者は「ちょっとっ……!」と言って、妾発言に眉根を寄せた。
「……私に、許可なく触らないで」
「お高くとまる必要があるか? 今さら誰がお前を相手する。下男でも相手にするか? ふしだらな令嬢の純潔など怪しいものだ。侯爵家の力で婚約中の不貞で娼館送りにしてもいいのだぞ。庇ってくれる父親はいないしな」
侮蔑を込めた嘲笑に苛ついた。空気がピリッとした。
止めを刺して城の外壁にぶら下げてやる。
そう思い魔法を使おうとした瞬間、肩を引き寄せられた。




