普通に夜会に来ました
お城の夜会へと来れば、いつものことながら警備が多い。馬車の扉が開けば、リクハルド様が手を差し出してきた。
「リクハルド様? まさか、お迎えに?」
「迎えると言ったはずだが?」
「そうですけど……」
考えてみれば、私と婚約する方々は、私との結婚目的ではなかった。だから、こんな風に迎えに来られたことはないかもしれない。夜会に一緒に行くことはあっても、それは真実の相手を探すためであって……婚約相手からすれば、ラッキーアイテムを持って歩く感覚だったのではないだろうか。
リクハルド様の手を取って馬車から降りれば、ドレスが風で靡いた。夜のせいか、会場の灯りに反射したようにドレスの裾にあしらわれた刺しゅうの銀糸が煌めいている。
「……リクハルド様。刺しゅうが光って見えます」
「それが?」
「ドレスをありがとうございます。とっても綺麗で……こんな銀糸の刺しゅう入りは初めてです。珍しいですよね。銀糸に青地の光る刺しゅうなんて……」
「……気に入ってくれたか?」
「はい。贈り物も初めてのことです」
「そうなのか?」
「ええ、私と婚約して本気で結婚したい方なんていませんよ」
「好都合ではないか」
好都合かなぁと思う。
リクハルド様が腕を開ける。恐る恐る腕に手を添えれば、リクハルド様が歩き出し、彼に連れられるままウィルオール殿下の元へと行った。
ウィルオール殿下は、夜会でも目立つ存在だ。金髪碧眼の見目麗しい殿下として有名だった。その彼がやっと婚約をするのだ。
多くの令嬢たちが涙を飲んだことだろう。
そのウィルオール殿下のそばには、婚約者の令嬢がいた。長いストレートのピンク色の髪。すらりとした令嬢が殿下の近くで、令嬢たちに囲まれて微笑んでいる。
「あちらがウィルオール殿下の婚約者のエレイン様だ」
「殿下には、恋人がいましたのね。知りませんでしたわ」
「どうかな……それよりも、挨拶に行くぞ。ウィルオール殿下がキーラにも会いたいと言っていた」
「私に会いたい方は珍しいですわね」
リクハルド様がウィルオール殿下の前へと行くと、ウィルオール殿下が親し気に話しかけてきた。
「リクハルド。来てくれたか」
「ええ、予定通り来ました。ウィルオール殿下。この度は婚約おめでとうございます」
リクハルド様にならい、私も隣でそっとお辞儀すると、ウィルオール殿下が私をジッと見た。
「ああ、お前も婚約を結んだな。今夜の夜会を予定通り来てくれて何よりだな」
「ええ、こちらが婚約者のキーラ・ナイトミュラー男爵令嬢です」
「来てくれて感謝する。こちらが私の婚約者であるエレイン・ジェンクス伯爵令嬢だ」
「お会いできて光栄です」
そっと膝を曲げて礼をとった。
婚約者を紹介しながらも、クスッとウィルオール殿下が私を見て笑う。まさかと思い、リクハルド様を見た。
「リクハルド様……予定通りとは? まさか、馬車が壊れたことをお話ししましたの?」
「驚いたからな!」
力いっぱいリクハルド様が言う。余計なことを言わないで欲しい。それくらい仲のいい二人なのだろうけど。
「ウィルオール殿下。本当にこちらがマクシミリアン伯爵様の婚約者ですの? 彼女は……」
何度も婚約破棄されていると暗に言うエレイン様が、扇子で口元を隠して私を見下ろした。
いい噂が私にないのは、知っている。9番目の婚約者ジェレミー様の時には、男に襲われた。あれが決定打だったのだろう。
「エレイン。リクハルドとキーラ嬢はお似合いだと思わないか?」
「キーラ・ナイトミュラー男爵令嬢は、噂の的の方ですわよ? ご立派なマクシミリアン伯爵様には不釣り合いなのでは?」
「そうかな? キーラ嬢を見れば、リクハルドが大事にしていることは一目瞭然だと思うが……」
「一緒に来ただけでは……」
「なんだ、気づかないのか? キーラ嬢の着ているドレスは、マクシミリアン伯爵領で作られている貴重な銀糸を使った刺しゅう入りだ。あれが、どれほど希少で価値があると思っている?」
エレイン様が、ウィルオール殿下に指摘されて狼狽える。まるで、私を見下す仕草を嗜めているようだった。
「俺の大事な婚約者ですから……」
「リ、リクハルド様っ」
まるで、エレイン様を挑発するような物言いで、リクハルド様が私の腰に手を回して引き寄せた。思わず、照れてしまう。
エレイン様は、不愉快そうな顔で歯を食いしばった。
「……ウィルオール殿下。そろそろ下がりませんこと?」
「そうだな……挨拶に来るものが多くて少し疲れたな。では、一度下がるか……」
「はい。では、ご一緒いたしますわ。ああ、マクシミリアン伯爵様」
ウィルオール殿下と下がろうとしたエレイン様がくるりと振り返った。それに気づいたリクハルド様が一睨みする。
「なにか?」
「マクシミリアン伯爵様には、ルミエルがお似合いかと思ってましたわ」
まるで、私を挑発するような言い方を残すエレイン様を連れて、ウィルオール殿下が去っていこうとした。そして、ウィルオール殿下がリクハルド様に振り向いて頷いた。




