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それぞれの出発


毎日毎日、シリル様と過ごして満たされた生活を送っていた。シリル様のために新しい仕立て屋を決めて、食事をして一緒に本を読んだ。

なのに……。


「シリル様。キーラのことを忘れないでくださいね」


玄関の外で、涙ぐんでシリル様の手を取った。


「キーラ……たった二日だ。今生の別れではない」


リクハルド様が呆れて言う。シリル様は何が何だか分からずに困っていた。


「二日も離れ離れになるのですよ?」

「王都へと行くまでだ」


今日から、王都へと行くことになっている。

でも、リクハルド様は殿下に呼ばれていると言って、先に王都へと向かうことになっていた。シリル様を連れて。私だけが、明日の出発なのだ。


「私もご一緒したいのですが……」

「キーラは、ドレスが明日には届くことになっているから待っていたほうが良い」

「シリル様だけでも、私とご一緒していいのですけど……」

「そうはいかない。ウィルオール殿下もシリルに会いたいと言っている」


ブリューム王国の殿下であるウィルオール様は、リクハルド様とは昔からの知己だという。


「だからといって、私と引き離さなくても……」

「ドレスが来れば、すぐに追いかけてくるのだから、引き離すことにはならない。とにかく、少し落ち着いてくれ」


ぽろぽろと涙を零すと、シリル様が私の頭を不器用に撫でた。


「シリル様……優しいですわ。寂しくなったら、リクハルド様は置いて引き返してきていいのですよ? キーラはいつでもお待ちしてますわ」

「いいのでしょうか?」

「いいわけない」


シリル様が聞くと、リクハルド様が力いっぱい言う。


「ほら、キーラ、離れろ。シリル。行くぞ」


リクハルド様が私からシリル様を引き離して馬車へと乗り込んでいく。しかも、シリル様を担いでだ。

二人が乗ると、リクハルド様の合図で馬車が動き出した。馬車の窓からはシリル様が顔を出してきた。そのシリル様に向かって必死で手を振った。


「シリル様――!」

「キーラ様……待ってますから、来てくださいね」

「必ず行きますわ」


そうして、シリル様とリクハルド様を乗せた馬車が出発してしまった。



いったいキーラは何を考えているのだろうか。俺が婚約者だということを忘れているような気がする。

シリルを見れば、馬車の中でキーラが見えなくなるまで窓からずっと邸を見ていた。


「シリル。危ないぞ。窓から落ちないようにしなさい」

「キーラ様が見えなくなりました」

「なんだ、シリルもキーラと離れるのが嫌なのか?」

「……キーラ様は、毎日本を読んでくれました。食べ方も教えてくれて……」


キーラが、毎日シリルと過ごして本やマナーを教えていた。食の細い子供だと思っていたが、少しずつ食べる量も増えて、元々賢い子なのか、あっという間にマナーも覚えている。

ルイーズが、分不相応な年齢の本を読ませていたせいか、読書もあっという間に終わらせる子だった。でも、その中でもお気に入りなのが騎士の絵本だった。


「そうか……どんな本を読んでいるんだ? いつもの騎士の本か?」


こくんとシリルが頷いた。


「では、こんど騎士になるための剣を買ってやろう」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。約束しよう」

「嬉しいです」

「そうか……シリルなら、きっと強くなる」


微笑んだシリルは、まだ感情表現が克明ではない。それでも、昼寝や就寝の時間にはキーラがそばでずっと付き添っており、シリルは安堵して眠りについていた。

そんなキーラに、シリルは懐いていた。


今もキーラを恋しがっているのだろうか。シリルが他人を気にするなど、キーラが初めてだった。


「キーラのことだ。すぐに追いついてくる」

「はい。お父様」

「だから、座りなさい。怪我をすれば大変だ」


そうして、シリルが窓を閉めて静かに座り、そっと膝にブランケットをかけてあげた。



__翌日。

リクハルド様が私のためにと仕立てたドレスがやっと届いた。お直しも終わり、これでやっと出発できる。


「待っててくださいね。シリル様!」


下僕たちが一斉に荷物を馬車に積んで、準備は整った。


「お供をつけなくて大丈夫ですか? 奥様」


第二下僕のクエンが言う。


「大丈夫ですわ。馬車に人が多いと遅くなりますからね。それと、私は奥様ではありませんわよ?」

「はぁ……しかし……」

「では、行ってきますわ! 皆様もあとで追いついて来てくださいね」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ。奥様」


だから、私は、奥様ではないのです。でも、これで準備は整った。


「シリル様! 今、キーラが参りますからね!」


そうして、意気揚々と馬車に乗り込んで、使用人一同に見送られてマクシミリアン伯爵邸を立った。








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