そうして、夜が終わる
__夜。
焼けた庭に来ていると、私が炎の魔法を使ったところだけが焼け野原だった。
「どうしましょう……また、芝生でも植えればいいかしら?」
弁償するべきだと悩んでいれば、リクハルド様がやって来た。
「キーラ。こんなところで何をしているんだ? ここは寒いだろう? 風邪をひくぞ」
「リクハルド様……すみません。こちらの庭をどう弁償しようか考えてまして……」
「弁償? そんなことをする必要はない。君には救われた」
「でも、キレイな庭が台無しです」
「本当に気にしなくていいんだが……」
「お金ならいっぱい持ってますよ?」
「金はキーラが自分のものに使えばいい」
「私のお金はあてにしないのですか?」
「はっきり言えば、金には困ってない。それに、婚約者に金を使わせるような甲斐性なしではないつもりだ。それと、これを……」
なんだろうと思いながら、リクハルド様が差し出してきた物を受け取った。
驚いた。赤いリボンで結ばれた贈り物なんて、初めてだった。
「私に?」
「君には感謝している。だから、贈ろうと思った」
「今日出かけていたのは……」
「それを買うためだが?」
優しいと思う。今までの、真実の愛を求めて婚約を申し込んできた令息たちとは違う。
真実の愛を求める目的だったから、私には贈り物一つしなかった。
「どうした? キーラ。贈り物は気に入らないか?」
「違うんです。嬉しくて……」
目尻が潤んだ。こんな婚約者らしいことが初めてで動揺している。
「そうなのか? シリルもキーラからの絵本を持ったままで眠っていたから同じだな」
「リクハルド様もシリル様を……」
「シリルも、君が気に入っているらしい」
「本当ですか? 嬉しいです」
嬉しくて目尻を拭きながら笑みが零れた。
「なんだか、複雑なんだが……」
「何がですか?」
リクハルド様の言葉の意味が分からずにきょとんと首を傾げると、彼が私の手を取った。
「別に……それよりも、今度それをつけて一緒に夜会に出てくれないか?」
「夜会ですか?」
「殿下の婚約発表がある。それに招待されているんだ」
「私がご一緒していいのですか?」
「婚約者はキーラだけだ。殿下にも、そう伝える」
贈り物を持った手ごと包まれてリクハルド様がそっと口づけをしてくる。貴族らしい仕草に緊張した。
「リクハルド様……私、恋愛初心者なのですけど……」
「だから?」
「きゅ、急にそんなことをされると驚きます!」
恥ずかしくて赤ら顔になる私と違って、リクハルド様は慌てない。リクハルド様に背を向けると、彼が私の肩に自分の上着をかけた。
「マクシミリアン伯爵領はもう寒い。部屋に帰ろう」
「庭は?」
「そうだな……次は噴水でも建てるか?」
「シリル様が遊べるようなものでお願いします」
「要望は聞こう」
緊張で自然と顔がツンとした。そんな私の手を繋ぐリクハルド様が歩き出した。
「君は、子供が好きなんだな」
「子供は可愛いですよ。それに、私は結婚は諦めていますから……子供と暮らすなどないと思っていました。だから、シリル様と一緒に暮らせて夢みたいです。意外ですか?」
「そうだな」
愛想のない返事をするリクハルド様。彼は笑わない氷の伯爵様と言われるほど有名だった。
でも、この顔に身分。騎士団でも有名だった。婚約の申し込みもあったはず。でも、誰とも二度目の婚約を結ばなかった。今でも、シリル様の母親であるセアラ・シンクレアを想っているのだろう。
リクハルド様に期待などしない。彼は結婚するつもりだと言ったけど、本気ではないのだろう。私と婚約を結ぶ方はみんな同じだった。
私ではない真実の愛を求めているだけ。
リクハルド様が今までと違うのは、シリル様がいることだ。きっと、私がシリル様をルイーズ様の手から救い出したから感謝を表しているだけだろう。
リクハルド様は、シリル様が大事なのだ。
「夜会のドレスも贈る。明日には選んでくれるか?」
「いいのですか?」
「もちろんだ。それに、キーラがいると他の女が近づけないだろう。ずっと一緒にいてくれると助かる」
「そういうことなら……」
リクハルド様も、きっと私を好きにはならないだろう。だから私は、リクハルド様とシリル様の境遇を利用させてもらって、ここでシリル様と穏やかな婚約期間を楽しむのだ。