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大事なものを一つ


紙芝居に遭遇して良かったと思いながら終わりの拍手をすれば、シリル様も私の真似をして拍手をした。

紙芝居の演者の周りには、お菓子を買い求める子供たちが集まっている。


「シリル様。私たちも何か買いましょうか?」


そう言って、お菓子の詰められた木箱を見るが、シリル様が気になるのはその横に置いてあった絵本だった。


「その絵本が気になりますか?」


腰を曲げてシリル様に聞くと、紙芝居の演者が話しかけてきた。


「それは、今日のお話の絵本です。こちらも売ってますのでどうですか?」

「まぁ、では一ついただきますわ」

「まいどあり~」

「シリル様。どうぞ」


絵本を一つ買うと、シリル様が目を輝かせて嬉しそうに絵本を受け取る。可愛すぎて私の胸がえぐられそうだ。それなのに、シリル様が戸惑いを見せた。


「……で、でも、絵本などいいのでしょうか?」

「いいに決まってます! 本は楽しく読めたらいいのですよ」

「難しい本じゃなくていいのですか?」

「もちろんです。難しい本は、いやでもいずれ読みますからね」


ルイーズ様のせいで、絵本一つ読めなかったのだとわかる。だから、シリル様は絵本が何よりも嬉しいのに喜ぶことに戸惑っている。


「シリル様」

「はい」


シリル様の目の高さに合わせて腰を下ろした。


「こういう時は、ありがとうございます、と言って喜ぶのですよ」


笑顔で言うと、シリル様が頬を染めて口をポカンと開けていた。そして、キュッと唇を引き締めたシリル様。


「キーラ様。ありがとうございます……嬉しいです」

「はい。私もとっても嬉しいですわ」


大事そうに絵本を抱えるシリル様。可愛いすぎてきゅんとくる。すると、後ろから影が差した。


「何をやっているんだ?」

「……あら、リクハルド様?」


いつの間にか、リクハルド様が私たちをのぞき込んでいた。


「紙芝居を見てましたのよ。リクハルド様はどうしてこちらに?」

「領地を周っていて帰ろうとしたのだが……」


リクハルド様がシリル様の絵本に気づくと、そっとシリル様の頭を撫でた。


「それは?」

「キーラ様が……」

「買ってもらったのか?」


リクハルド様が聞くと、シリル様が絵本を大事に抱きしめたまま頷いた。


「大事なものか?」


こくんと頷くシリル様。相変わらず、言葉の少ない子だと思う。


「そうか。良かったな。キーラ。感謝する」

「どういたしまして、ですわ」


リクハルド様が無表情のままでシリル様の頭を撫でた。せめて笑顔で撫でてくれないだろうか。でも、シリル様にはこれが普通なのか、気にもしない。


「では、一緒に帰るか?」

「お父様と?」

「ああ、仕事はもう終わりだ。シリルも一緒に帰ろう」


リクハルド様がそっと手を繋げば、シリル様の表情が少しだけ緩んだ。だけど!


「シリル様。私とも手を繋いでもらえますか? リクハルド様。今日は私に譲ってください! 私もシリル様と手を繋ぎたいんです!」

「反対の手が空いているじゃないか」

「絵本を大事に持っているんですよ? 引き離すことなんてできませんわ。だから、リクハルド様が遠慮すれば丸く収まりますわ」

「それは、丸く収まっているのか?」

「だって、シリル様が可愛いんですもの」


潤んだ目でリクハルド様に懇願した。リクハルド様は嫌そうに顔を引き攣らせている。


「……やっぱりダメ」

「ええっ! こんなケチな伯爵様とは……」

「ケチではない。人聞きの悪いことを言わないでもらおうか。ほら、シリル。キーラ。行くぞ」


ガックシきた私をシリル様が不思議そうに見上げていた。さりげなくシリル様の隣に行くと、三人で歩き始めた。そうして、シリル様が嬉し恥ずかしの気持ちで馬車へと歩いた。



夜になれば晩餐になり、ドレスに着替えて食堂にいた。


シリル様の隣に座れるようにと、今夜はラウンドテーブルでの食事。そして、シリル様の前には、子供向けの食事が並べられていた。

シリル様用にと、色んなメニューが少しずつ乗せられている。


「キーラ様。シリル様のお食事はどうでしょうか? 料理長がキーラ様からのご要望のもと工夫をされまして……」

「完璧ですわ。ありがとうございます」


シリル様が目を輝かせて食事を見ている姿を見ると、私までもがほっこりとする。


「くくっ……たった二日でマクシミリアン伯爵邸はキーラに支配されたな」

「まぁ、支配だなんて……住みやすいようにお願いしただけですわ」


タキシード姿のリクハルド様が笑いながら言うと、シリル様が驚いた。


「お父様が笑った……」


いつも笑わないリクハルド様に驚いている。ケヴィンや下僕(フットマン)たちまでもが驚いていた。


「リクハルド様は、笑わない氷の伯爵様と有名ですものね。貴重な笑顔を見られましたわね。シリル様」


シリル様がほのかに笑うと、こちらまで笑顔になる。そうして、穏やかな晩餐が進み、終わればシリル様が疲れたようであっという間に眠ってしまった。


子供部屋へと行くと、大事に絵本を持って眠っているシリル様の頭をそっと撫でた。







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