軽快に階下へ
階下の厨房へと行くと、ケヴィンたちが仕事に精を出していた。私を見るなり、全員が足を止める。
「これは、キーラ様」
「お仕事中なのに、お邪魔してしまってごめんなさい」
「それは構いませんが……いかがなされました?」
「料理長さんとお話をしたいのですけど……呼んでくださるかしら?」
「では、すぐに」
そう言って、ケヴィンが急いで料理長を呼んできた。やって来た料理長は、ケヴィンと同じくらいの歳を思わせる四十歳ほどの料理人だった。
「初めまして。料理長さん。私、キーラ・ナイトミュラーと申します」
「は、はい! 料理長のカレルです。何か、至らない料理がありましたでしょうか?」
「ええ、とってもありますわ。多分」
笑顔の私と違って料理長が恐縮している。その彼に何枚もある紙を出した。
「これは……」
「シリル様のお食事です。今までは、ルイーズ様がされていたのでしょう?」
「そうですが……」
料理もルイーズ様が指示していた。彼らは、逆らうことはなかっただろう。魔法の契約書の影響もあっただろうし。
「ちなみに、シリル様はいつもどんなお食事かしら?」
「そうですね……朝は粥が多かったかと……あまり食されないと伺っていましたので、パンとジャムと……」
「……朝から粥? まさか、卵は抜いてませんですよね?」
「……ありませんでした。なぜでしょうか?」
なぜしなかったのかと、分からずに料理長が首をかしげる。
恐ろしい魔法の契約書だ。影響が大きすぎて、料理長たちすら違和感を違和感と思ってない。
思わず、額に青筋が立ってしまう。
「粥もたまにはいいと思いますが、シリル様は子供です。甘いジャムなどはいかがかしら? 卵やハムなども出してあげてください。もう五歳ですから、私たちと同じで十分食べられると思います。でも、子供が食べやすいサイズでお願いしますね。できるかしら?」
「も、もちろんです!」
「それと、朝食以外もシリル様が楽しんで食べられる物を出してあげたいのです。メニューを考えてきたので、上手く組み合わせて出してくださらないかしら?」
料理長のカレルが、渡した紙を確認すると、驚いて私を見た。
「あの……これを、キーラ様がお考えに?」
「ええ、リクハルド様をお見送りした後に急いで作ったのでまだまだですが、どうかしら? 料理の専門家として、存分に腕を振るってほしいですわ」
子育てなどしたこともない私がこんなことをするなんて、自分でも驚きだ。でも、シリル様には、今までの食事が当然と思ってほしくない。それに、美味しいものを食べさせてあげたと思う。
「そうですわ。街では子供用のランチメニューもあるそうです。おやつも、子供が楽しめるようなものにしてくださいね」
「は、はい! かしこまりました!!」
「では、失礼しますね。お邪魔しましたわ」
そう言って、手を振って階下の厨房を去り、軽快に階段を上がっていった。
♢
「シリル様のメニューまでお考えになるとは……」
「女主人になるのですから、メニューをお決めになるのは当然なのですが……」
ケヴィンがシリル様のメニューリストを見れば、子供の好きそうなハンバーグにグラタン……など、様々なメニューが書かれていた。
「……キーラ様のご指示に従おうと思います」
「そうしましょう……シリル様の現状を、どうしてわからなかったのは、わかりませんが……」
ケヴィンがなぜ、今まで改善をしようと思わなかったのかと思い悩む。料理長も、ルイーズに言われるままに出していた食事に今更ながらに疑問が出ていた。
「なんだが狐につままれた気分だな」
「そうですね……しかし、すごい方でしたね」
「婚約者になった翌日に、邸で決闘をする方なんて聞いたことがありません」
ケヴィンが大きなため息を吐いた。そして、料理長は食事の下ごしらえを始めていた。