才
「悪魔から俺に対する敵意が感じられなかった。実力差からの余裕だとしても、ずっと受け身ばかりで攻撃しようする仕草すらないのは不自然だ」
「もうちょっとお芝居が上手くならないと駄目ですわね」
ラクレームのダメ出しに悪魔は何か言いたげにしながらも口を食いしばる。
「加えて、悪魔がここまで面倒な手間を取る理由がない点もだ。私に何かしようとするのなら、屋敷内で十分に行えたはずだ。ここまで連れてきて、盗賊を利用して、ラクレームを人質に取る理由がまるで無い」
「その点を突かれると困りますわね。そこは私の我儘でしたので」
「そうだそうだ。俺は悪くはないぞ」
「お静かに。今は私とグリオット様がお話してますの」
「ッ!」
反論した悪魔の口がラクレームの言葉一つで開かなくなった。
「主だった疑問はこれくらいだな。後は小さな疑問の積み重ねだ。これらのことを全て実現出来る立場にいて、思いつきそうな人物を一人しか知らない。ラクレーム、これは全部お前が仕組んだ一件だ」
「はぁ、しっかりと考えたつもりでしたのに結構穴があった計画でしたわ。実際に想像と現実は違うというヤツですわね」
ラクレームは頬に手を当てて、残念そうにため息をつく。
「次は俺の質問に答えてもらうぞ」
「ええ、お答えしますわ」
「いろいろ聞きたいことは俺にもあるが、まずはあの悪魔だ。何故、呼び出した。呼び出すには生贄が必要だったはずだろう」
「何故、呼び出したのかという質問の答えには好奇心でとお答えしますわ。悪魔を呼び出す儀式の本だと読んで分かりましたから、どんな悪魔が出てくるのだろうと興味が湧きまして」
「好奇心? なんて危険なマネをそんな理由で」
「危険なのは分かっていましたわ。本に記述されていた方法では生贄が必要だというのも。私はグリオット様に危険なことはしないように約束しておりましたから、安全な方法を調べましたの」
「調べて分かるものなのか」
「グリオット様はご存知ありませんでしたか? 我がメディシス家は魔法の大家でしたのよ。近年の家の人間には魔法の才は芽生えませんでしたが、家の書庫には古い魔法の文献がありますの。量こそ国の書庫には負けますが、質では負けてはいませんわ」
「実家から関連する本を取り寄せたのか」
そういえばいつかの会話でラクレームが古い文献の解読をしていると話していたのを思い出す。
「そうですわ。運も良かったとは思いますが、生贄を使わずに悪魔を呼び出す方法、そして完全に従える術を準備して儀式を行いましたわ。ね?」
ラクレームが得意げに半身となっている悪魔に視線を送る。悪魔は悔しそうに歯を食いしばっている。
「ああ、そうだよ。まったく完璧にしてやられたよ。本当は生贄にしてやろうと思っていたのに……してやれられた。生贄なしどころか、完全服従の契約を結ばされた」
「悪魔にとって契約は最重要。少なくとも私が亡くなるまで、この悪魔は私に従順ですわ」
家に文献があったとしても、方法が分かったとしても、悪魔を相手にその契約を成し遂げるのは並大抵の魔法の才能では不可能だろう。
メディシス・ラクレーム。
俺の生前の記憶では覚えていない名だったが、正しくその才能を発揮していれば、魔法の才能で国内外に名声を轟かせたトルテと並ぶほどの存在になっていたかもしれない。