一刀
剣をゆっくりと持ち上げて上段に構えた後、可能な限り全身の力を抜いていく。
緊張や興奮で余分に力みが入っている体の部分を全て平らにする。
これから行う動作は単純だ。
一歩踏み込み、剣を振り下ろす。
フェイントなど余分なことはしない。最短最速で剣を振るう。
ただそれだけに集中する。
視界には悪魔を捉えて踏み出す一歩の距離を正確に測る。距離が近くても遠くても剣の動きに制限が生じて速さが鈍る。
最適な一歩を踏み出さなければ悪魔は斬れない。
周囲の音が聞こえなくなり、自分の呼吸音のみが耳に聞こえてくる。
数度の小さな呼吸をしたタイミングで俺は動く。
力みなく自然と重心が前へと移動する瞬間に全身の力を込めた踏み出しから派生した一刀は俺の意思通りの軌道と速さで悪魔を真っ二つに斬った。
「なっ!」
驚きの声を上げた悪魔が身体を二つに切断されて地面に倒れる。
悪魔の身体が地面に倒れる重たい音が聞こえると俺の身体に数十キロを走り切ったかのような疲労が襲い掛かってきた。
想像する以上の集中力と全力が必要な一撃だった。
俺は剣を握るのもやっとな握力でなんとか剣を地面に突き立てると、剣を支えにして立つ。
「お前……何をした?」
「はぁはぁはぁ……さすが悪魔だな。身体を二つにされても話せるか」
身体を真っ二つにされた悪魔が話しかけてくるが、これくらいでは死なないだろうと思っていたので驚きはない。
「先ほどまでと、まるで動きが違った。全身全霊の一撃だからではない。今のは別人の動きだ。お前よりも数段、いや、遥かに剣の腕が立つ人間の動きのようだった」
「褒めてくれて気分はいいが、そこまでの差はないだろう」
俺は今、グリオットの身体で普段違和感を感じている動きを失くして、生前の俺の動きをした。文字にすれば、ただそれだけのことではあるが、実際に動かそうとすると現状では単純な行動が限界。加えて時間をかけた集中も必要で、繰り出すのは一刀がやっとだ。
悪魔が先ほどまで見ていて余裕に思っていたのはグリオットとしての剣技だ。俺の生前培ってきた剣技には即座に対応は出来なかった。
ここまで余裕な態度を悪魔が取ってくれていなければ、今の一刀も避けられていたかもしれない。
運と状況が味方してくれたこの場限りの一刀だ。
「何を言っている? 何をしたんだ、答えろ」
「説明する義理はない。それより契約だ。ラクレームは無傷で返してもらう」
「ちっ、ケチなヤツめ。契約は契約だ。連れていくがいい」
「……連れていくさ。そして最後にやるべきことがある」
俺はわずかに回復した体力で力を振り絞って剣を引き抜く。
「だろうな。ここからでも俺は体を回復することが出来る。殺すなら今の内だ」
事実を言ったであろう悪魔は観念して目を閉じた。
「いや、お前のことはもういい。やる必要があるのは別のことだ」