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調査開始と魔法授業

 翌朝、俺は教室でブラウとマチェスに貴族達の間で流行っている新しい遊びはないかと聞いてみた。

 すると、ブラウが心当たりがあったようだが、言いにくそうに口をモゴモゴさせていた。



「どうした? ブラウ。知っているなら教えてくれないか?」


「いえ、その……聞いたことがあるような気はするのですが、その……朝から教室で話すのはちょっと」



 探りを入れると、さっそく当たりに遭遇した。

 ブラウが聞いたことがあるということは、貴族達の間ではそれなりに噂になっているのか。当時の俺は聞いたことがなかったので、ある一定のグループの中で共有されていたのだろう。



「教室では話をしにくいか……。分かった。なら、放課後に私の部屋に来い。マチェスもな。ささやかな茶会を開くから、そこで聞かせてもらおうじゃないか」


「グリオット様のお部屋にですか!? ぜひ、行かせていただきます!」


 

 乗り気のマチェスに対してブラウはどう返事をすべきか迷っているようだ。



「おい、ブラウ。グリオット様のお誘いだぞ。素晴らしい機会じゃないか」


「あ、ああ、そうですね。素晴らしい機会なので、喜んで参加させていただきます」



 マチェスに押されて、ブラウは参加を決意してくれた。

 これでブラウから話が聞けそうだ。

 他にも情報は欲しかったので、授業の合間、平民を特に差別しているクラスメイト達にも同様の質問をしてみた。


 公爵家という肩書があるおかげで皆、笑顔で会話をしてくれた。話の途中でよくラティウスやトルテへの悪口が挟まれた。理解していたつもりだったが、二人は貴族達からかなり嫌われていた。


 話を聞く中で貴族の嫡男の名前がよく話題に上がってきた。

 フレス・ケスター。伯爵家の人間だ。

 特権階級意識が強く、平民を常に見下しているというフォレノワール家と同じような感覚を持っているらしい。

 ケスターが一年ほど前から平民を使った遊びをよく行っているとの話が出た。

 遊びの内容までは聞けなかったが、平民を見下しているような人間が行う遊びは真っ当ではないだろう。

 有力候補の名前が判明したので、放課後のブラウからしてもらう話の内容次第では直接会いに行くことになりそうだ。


 時間は本日最後の授業である魔法の授業になっていた。

 学校内に作られた魔法訓練棟の中で壁際に用意された大中小の円が書かれた板状の標的に向かって、講師に教えてもらった魔法を生徒達が打ち込んでいく。


 今回の授業で教えているのは風の弾丸を圧縮して飛ばす魔法で、『コム・ウィンド』と呼ばれている。初歩の魔法なので入学から間もなく、魔法を覚えたての生徒達には、ちょうどよいとされている。魔力の扱い方と出力方法、狙いの定め方など『コム・ウィンド』で一通り使い方を学ばせる。万が一に魔法の狙いが変な方向に行ってしまっても、殺傷能力の低い『コム・ウィンド』なら大きな問題にはならない。

 初歩の魔法なので的に当てることは難しくても、撃つことに関しては大抵の生徒はすぐに出来ていた。


 しかし、俺は知っている。若い頃の俺、ラティウスは魔法が苦手であったことを。大人になっても得意にはなってはいないが、トルテが懸命に訓練してくれたおかげで、一通りは使えるようにはなった。



「ほら! もっと集中して! 頭の中でイメージするの! 先生が教えてくれた魔法の術式を思い出して」


「……やってるよ」



 訓練棟の隅っこで、ラティウスがトルテに指導されながら『コム・ウィンド』を使おうと頑張っていた。

 ラティウスが魔法を使えない様子を貴族のクラスメイト達が笑いを堪えながら見ている。他にもまだ『コム・ウィンド』が使えないクラスメイトはいるのだが、注目はラティウスだ。ラティウスが恥をかいているのを、見たいがために注目をしている。


 そんな周囲の様子に、魔法を使おうと必死なラティウスは気付かなかったが、トルテは気付き、周囲の生徒達を殺す勢いで睨みつけてきた。

 巻き込まれて俺も睨まれる。妻だった相手に完全なる敵意を向けられるのは気持ち的に良くない。



「あんた達! 人のことを見てないで自分達の練習したら? あんた達の中で何人がちゃんと標的に当てられたかしらね。自分等が出来てないのに他人を笑うんじゃないわよ!」


「何を言う元平民が! そういうことを言うのなら、お前が先に標的に当てれるか見せるべきじゃないのか! どうせ出来ないだろうがな! 元平民では!」


「ふんっ」



 トルテはクラスメイト達を睨んだまま、飛んできた罵倒を打ち返すように片手を振るう。振るった腕の先からは複数の『コム・ウィンド』が発射され、壁際に設置されていた全ての標的の中心に命中した。

 眼の前で行われた結果に罵倒していたクラスメイト達は一瞬にして沈黙してしまう。


 複数の標的に対して、見もせずに全弾命中という結果には誰も何も言うことは出来なかった。


 彼女、トルテ・アプフェルは魔法の天才だ。

 将来的に国を代表する魔法使いになる。彼女が生み出した新しい魔法の術式は数しれず、王国の魔法技術のレベルを数段階、たった一人で押し上げた。魔法歴史の本にも名が刻まれていて、他国にもその名は広がっていた。

 この時点で既に学校内でトルテと対等に渡り合える魔法の使い手はいなかった。


 それほどの実力があるので、本来なら彼女は士官学校へ通わずに、宮廷魔法使いの見習いとして宮廷魔法使いである父親の元で研鑽を積むことも出来た。しかし、それをせずにラティウスに付き合って、士官学校へ一緒に来てくれたのだから本当に感謝しかない。トルテが一緒でなければ、ラティウスはどこがで問題を起こして学校を退学していたのは間違いない。



「グ、グリオット様! あの元平民に思い知らせてやってくださいよ! グリオット様の実力を!」



 誰かが俺を担ぐ声を上げた。

 声からするにブラウやマチェスではないようだが、余計なことを言わないでほしい。俺としては、今しがたトルテに感謝をしたばかりなのだ。



「あら、公爵様の出番? 確かに高名な家庭教師に教えてもらっているかもしれないし、他の連中よりはマシかもね」


「グリオット様! お願いします! こいつに貴族としての実力を見せてやってください!」



 無理を言うなと拒否したいが、ここで逃げ腰になるのはグリオットではないだろう。虚勢を張るしかない場面だ。



「いいだろう! といっても貴様と同じように魔法を打っては華がない。一撃の高威力を見せてやろう。しっかりと見ておけ、元平民!」



 トルテがやったように複数の『コム・ウィンド』を撃って、全ての的に当てるという芸当は出来ない。アレがやれるのは完全に才能だ。二つや三つくらいなら、なんとか当たられそうだが、確率としては低い。ならば単純に威力だけを重視して標的に当てる。これならば確実に出来るし、学生にしては高威力の魔法であれば、貴族としての格も保てるだろう。


 俺は右手を標的に向けてかざし、魔力を集中させる。少なくとも、今日は魔法を使うことはないだろうと、ありったけの魔力を込めて『コム・ウィンド』を放つ。

 放った『コム・ウィンド』は標的の中央をやや外したが、威力は十分で防御魔法によって保護されている標的の板を撃ち抜き、穴を開けた。


 

「うおおぉぉぉぉ!!! さすがです! グリオット様!!」



 クラスメイト達が異様に盛り上がり歓声を上げた。歓声を受けているこちらとしてはかなり恥ずかしい。



「どうだ? これが貴族としての魔法だ。複数の的に当てる? だたの曲芸だな。魔法に大事なのは威力だよ、威力」



 恥ずかしさをごまかすため、トルテに煽り文句を言う。

 『コム・ウィンド』は非殺傷の魔法なので威力ではなくて精度が大事な魔法だ。なので威力は自慢する魔法ではない。そこを付かれると困るなっと言ってしまった後で後悔した。



「……他の口だけの連中よりはマシね。今日はもう魔法使えないでしょうけど、頑張りは認めてやるわ」



 俺がほぼ全魔力を使い切ったことを見抜きつつも、それなりに称賛してくれたようだ。

 トルテはそれだけ言うとラティウスの方に歩いていった。



「ほら、ラティウス! あんたも負けてられないわよ! あの貴族に出来たんだから、あんたも出来るでしょ。さっさと打ちなさい!」


「うるせぇ! これでも頑張ってんだよ! 人には得意不得意があってだな……」


「初級も初級の魔法に得意も不得意もないのよ。単純にあんたが魔法を理解出来てないだけ。この授業中に一回でも打てなかったら、放課後にびっしりと復習するから逃げないでよ」



 ふと、俺の脳裏に学生時代、鬼の形相のトルテから猛特訓を受けた記憶が蘇った。

 寒気を感じて両肩を抱えてしまう。ほぼ同時にラティウスも両肩を抱えていた。その瞬間にラティウスと目が合ってしまい、無邪気に笑顔を向けられてしまった。

 俺が思っているよりも、今、ラティウスはこのグリオットに対して親近感を感じているようだ。

 これ以上、仲良くなってしまうのは公爵家的にまずいので、どこかで一度、険悪になる必要がある。


 どうすれば仲が険悪になるのだろうかと考える。

 中途半端ではなく、徹底的に険悪になるような事柄を起こす必要があるだろう。

 思いつくのは、クローセさんの事件を利用する手だ。

 事件自体は未遂のうちに対応するつもりだが、事件にはグリオットが関わっていたと噂を流せばいい。仲良くしていた姉妹が危ない目に会いそうになっていて、それに関わっていたとなれば今のように笑顔を向けてくるようなことはないだろう。

 トルテを含め嫌われることはキツイが、将来に備えてそうするしかない。


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