奥の手
俺はラクレームに後ろに控えているように言ってから、刺された腕を抑えている盗賊に近づき、剣を構える。
「どうする? 大人しく捕まるというのなら命は奪わない」
「もう勝ったつもりなのか?」
「奥の手があるようには思えないな。あるなら既に出しているだろう」
「ああ、だからもう出している」
「?」
盗賊の言葉の意味が理解出来ない。
盗賊の手には剣すら握られていない。
体のどこかにナイフなどの武器は隠し持っているだろうが、隠しているのならもう出しているという盗賊の言葉の意味が通らない。
言葉が真実ならば、見えているが俺には認識出来ていない、ソレが奥の手だとは想像出来ていないのだ。
「っ!?」
俺は背筋に寒気とも熱気とも思える嫌悪感を感じ、反射的に横へ飛び込むように体を倒した。
直後、俺が先程まで立っていた場所を黒い何かが通過した。
「ぎゃあああああっ!!」
叫び声がした方を見ると、盗賊の頭目が黒い炎に包まれて悶えていた。
黒い炎を消そうとして地面を転がり回るが、黒いの炎は消えない。焦げ付いた臭いが鼻を刺激する。
俺は黒い炎が来た方向である自分の背後を見る。
そこには顔を伏せたラクレームが右手を前に突き出して、左手にはどこから取り出したのか一冊の本を持ちながら立っていた。
艶かしい表紙の本には見覚えが合った。
革製の表紙から漂う禍々しさは以前見た時よりも嫌悪感を湧き起こさせる。
「ラクレーム、その本は……どうした」
「……」
盗賊の叫び声はもう聞こえなくなり、俺の質問に対して沈黙するラクレームとの間に静寂の時が流れる。
ラクレームが手にしている本はここにあるはずがない本だ。
屋敷の奥に鍵付きの上、魔法の封印がしてある。
悪魔を呼び出す儀式の本。
緊迫感が張り詰める中で、自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「どうして持っているんだと聞いているんだ。ラクレーム、答えてくれ」
「……ラクレームという人間はこの場にいないよ」
発せられた声は酷くおぞましく冷たかった。
体の内部から寒気が吹き出す。鳥肌が立ち、全身の神経が過敏になる中で俺の前方にいるソイツは顔を上げる。
顔は確かにラクレームと同じ作りをしていたが、目の瞳孔は獰猛な肉食獣のように鋭い縦長で俺を獲物として品定めしているようだった。