事前情報と異なる治安
森の入口付近まで歩いたところで周辺を見て回る。すぐに戻る予定の散歩であるなら森には実際に入らず、周りを歩いているだけの可能性もあった。
「ここで見つかれば苦労はなかったんだがな」
見渡す限り人影はなかったが、森の奥へと続く道には馬車が通った跡がいくつかあるのに気付いた。
馬車が森の中へ入っていくことは別に変ではない。森を通り抜けて街などに向かうこともあるだろう。
しかし、この森はビアンコ山の麓だ。事前に調べた情報ではビアンコ山には森から山を通り抜けて別の街などへ行く道はなかった。
地元の人間が森の奥で作業するために馬車を使っているのかもしれないという希望は森の奥から傷を負いながら馬に乗って現れたレジェスに砕かれた。
苦痛に歪む表情のレジェスは右腕を痛めているのか、左腕だけでなんとか馬を操って俺の手前で止まる。
「グリオット様……」
「何があった、レジェス!」
レジェスは馬の首にもたれかかるように倒れながら、懇願する目で俺を見る。
「ラクレーム様が盗賊に襲われました。どうかお助けを……」
「盗賊? この周辺に盗賊がいるという情報はなかったぞ」
今回のお出かけの準備は基本的にラクレーム達に任せていたが、何の情報も持たずに現地に行くのはさすがに不安だったので、周辺地域の地理や治安について情報を集めていた。
集めた情報では盗賊等の出現情報はなく、人を襲うような動物もいないという治安の良い土地のはずだった。
「私も治安は良いと認識していました。なので、護衛には私一人が……ですが、襲われました。なんとか奴らの使っていた馬を一頭奪って、助けを呼ぶために逃げてきました」
「……状況は分かった。ラクレームは森の奥か」
「ラクレーム様は私が盗賊達を引き付けている間に森の奥へ逃げられました。ですが、盗賊達は人数が多く、いつ捕まってしまうか。なので一刻も早く救援を!」
「盗賊達がいるのは森のどの辺りだ?」
「この道を辿っていくと途中に盗賊達が使っている馬車があるはずです。馬の足ならそう時間はかかりませんので。この馬をお使いください」
「レジェスはどうするんだ?」
「私は待機させている御者達に状況を説明して、その後に周辺の村々から人手を借りてきます。グリオット様には危険なことをお頼みしますが、救援が行くまでラクレーム様をお守りください」
「それが最善か……」
俺もレジェスと一緒に周辺の村々から人手を募ったのちに、森の中へ助けに向かうという選択もあるが、それでは時間がかかり過ぎて、ラクレームを捕まえた盗賊達に逃げられてしまうかもしれない。
レジェスは馬を降りると手綱を俺へ渡す。
「どうかお願いいたします」
「そちらも無理するな。御者への連絡ならコテージにいるクローセさんに頼むのがいい」
「無理はしなくてはいけない状況ですので……では」
レジェスは歯を食いしばると痛みに耐えながら走り出し、俺の方も森の奥へ馬を駆け足で走らせた。