到着
馬車は順調に街道を進み続けて、数時間後に目的地であるビアンコ山の麓に到着した。馬車の窓は到着する少し前からカーテンで閉されていて、外の景色が見れなくなっていた。
ラクレームが先に見てしまうのはもったいないと言って、レジェスに馬車の窓を閉めさせていた。俺もその方が楽しめるからよいと反論はしなかった。
「着いたようですわね。グリオット様からお先に外へ」
「そうさせてもらおう」
笑顔のラクレームの言葉に従って、馬車の外に出る。
そこには想像以上の景色が広がっていた。
見渡す限りに咲き誇る色とりどりの花畑と花畑の向こうに見える湖だ。湖は陽に照らされて輝いており、近くのビアンコ山の姿が逆さに映し出されていた。
「これは想像以上だな」
俺と同じような感想を抱いているだろうクローセさんは口元に手を当てて驚いていた。
「どうです? 気に入っていただけましたか?」
後から馬車を降りてきたラクレームが誇らしげな表情を浮かべている。
「気に入った。こちらの方には来たことがなかったことを後悔しているくらいだ」
生前にアンスバイン国内を旅することはあったが、基本的には魔物討伐や盗賊などの鎮圧で、ここのような穏やかな場所に来ることはなかった。国王になった後は基本的に城で過ごしていたし、休暇で外に行くにしても王族の別荘がある地域だったので、この場所には来たことが本当になかった。
国王だった経験があるので、アンスバイン国のことはだいたい知っているつもりだったが、まだまだ知らないことがあるのだと実感させられる。
「クローセさんはどうだ?」
「とても驚いています。私はシュバインの近くの景色しか知らなかったので。絵本で見たような景色を見れるなんて感動してます」
「それは連れてきたかいがあった」
クローセさんを屋敷に縛り付けてしまっている負い目があるので、今回のように外に連れ出せる機会に彼女には可能な限り、楽しんでほしい。
「グリオット様、そのメイドを気に入ってらっしゃるのは知っていますが、ここへお誘いしたのは私なのですから、もっと私を褒めてくださいな」
俺がクローセさんを贔屓しているように感じたのか、ラクレームが不満げに声を上げた。
「分かっている。誘ってくれてありがとう。晩餐会であった嫌なことが吹き飛ぶくらいに良い景色を見させてもらっている」
「ふふん、そうでしょう。事前に直接下調べをしましたのよ。この周辺で一番景色が綺麗な場所を見つけるのには苦労しましたわ」
ここに来る最中に言っていた通り、準備は万全に行っていたようだ。
わずかにでも疑っていたことを申し訳なく思う。
「ではでは、ずっと馬車の中に居て窮屈でしたし、少し歩いて体をほぐしましょう。向こうの方に食事をするための施設を簡易的ではありますが、用意してますわ。そちらまで行きましょう」