親心
「準備に抜かりはないよな」
「当然ですわ。念入りに準備いたしましたもの。そうですわね、レジェス」
「一切抜かりなく行いました」
「具体的にどんな準備をしていたか、聞いてもいいか?」
「駄目ですわ。楽しみが無くなりますもの」
「楽しいことで済むという確認を取りたいんだが」
「信用してくださいませ」
ラクレームは自信満々に胸を張った。
詳しく話す気はないという意思は硬いようなので、これ以上聞いても無駄だろう。
「分かった、信用しよう」
俺の言葉にラクレームは満足げに微笑む。
「ラクレームが俺の屋敷で過ごすようになってどれくらい経つ?」
「一ヶ月と少々ですわね」
「そろそろ実家に戻らなくていいのか。せめて顔を見せに戻ってもいいと思うぞ」
「グリオット様はそんなに私達に屋敷を出ていって欲しいんですの?」
「そういうわけではない。両親の気持ちを思ってだな。子供の顔を一ヶ月も見ていないというのは、親としては物悲しいだろう」
「手紙のやり取りはしていますわ」
「親は子供の顔を毎日見ていたいモノなんだよ。特にラクレームくらいの年齢の子はすぐに成長するからな」
生前の記憶として子供達の顔がおぼろげに思い浮かぶ。小さかった子供達が日に日に大きくなる様子は見ていて、とても嬉しかった。
「……なんか言い方が実際に子供がいる親の言い方みたいですわ」
「っ!? 何を言うんだ。一般的な話だろ」
「そうかもしれませんが……実感がこもっていたように感じましたわ」
「気の所為だ。実感なんてあるわけないだろう。私もまだ世間的には子供だぞ」
「ご自身を子供と感じることがありますの?」
「晩餐会へ参加すると否応にもな。皆、私を褒めて近づいてくるが、実際に近づきたいのは父上の方だから。私が父上へ近づくための当て馬というわけだ。私、個人として見られていないのさ」
「私からすると大人なグリオット様でもそうなんですのね。晩餐会……大人の貴族世界は大変そうですわー」
「今からせいぜい覚悟をしておくことだ。で、話は戻すが実家に一度くらい帰ってもいい頃合いだぞ。別に喧嘩をしてるわけでもないのだろう」
「そこまでおっしゃるのでしたら、近い内に一度戻りますわ。今日で一区切りつきそうですし」
ラクレームが声を細めていたせいで、最後の方がよく聞き取れなかった。
「最後、なんと言った?」
「今日を楽しく過ごしたいと言いましたわ」
わずかに聞こえた言葉との差異に違和感を覚えたが、誤魔化しているとしても、ラクレームは尋ねて、素直に真実を答えるような子ではないので、追求はしないでおこう。