登山
「確かにな。それで、どの山へ行く予定なんだ?」
「ビアンコ山はどうでしょうか。麓には湖もありますし、花々も多いと聞きますわ」
ビアンコ山はここからでも山頂の形を見ることが出来る山だ。近隣の山の中では、首都から近い距離にある。山の麓にはラクレームの言う通り、湖があり、近くには村もいくつか点在していたはずだ。村があるのだから、比較的、治安も悪くはないだろう。
「遠方では行くのもそうですが、帰ってくるのが大変ですので。適切かと。グリオットは以前行かれたことはあります?」
「記憶している限りではないな。何かのついでに近くを通った可能性はあるが」
先ほど女性が山登りという話をしたが、そもそも貴族で山登りをするのはかなりの変わり者だ。大抵は居心地の良い街中で過ごしている。狩りを楽しむ貴族はいるが、それも自分の管理している森の中で行うことはあっても、誰も管理していない普通の山で行う者はいない。
グリオットも狩りを趣味していたわけではないので、山へは、よほどの用事がなければ行ったことはないだろう。
「では、初めて見る景色も多いでしょうから、楽しめそうですわね」
「それは行ってみないと分からないがな」
「その言い方はいけませんわ。お出かけするんですから、楽しいことがいっぱいあるって気持ちでいませんと」
「そうだな。で、いつ行く予定にするんだ?」
「私はいつでも。グリオット様のご予定に合わせますわ。いろいろと予定が詰まっているでしょうし」
ラクレームの指摘どおり、晩餐会への参加予定や先約している付き合いなどあって、予定がしばらく埋まっている。
「……前日に晩餐会があるが、再来週の休日にしよう。その機会を逃すとだいぶ先になってしまう」
「再来週ですね。時間があるので、その分、楽しみの準備ができますわ」
「確認だが、山登りと言っても本当に山を登るわけではないだろ? 麓を馬車で走ったり、登っても少し丘を登るくらいで」
「グリオット様さえよろしければ、本格的に登山でもいいですよ」
「癒やされるために行く予定なんだから、疲れることはしたくはない」
「山を登るのも肉体的には疲れますが、精神的にはいいと本で読みましたよ。あ、肉体的も体力が付くでしょうし」
「仮に登るとしても俺はともかく……一緒に行く従者達が大変だろう」
「レジェスでしたら、大丈夫ですわよ。私が疲れたら、背負ってもらおうと考えていますし」
ラクレームの横に立って控えていたレジェスがラクレームに同意するように小さく頭を下げた。
「彼女は平気だろうが、我が家の従者達だ。屋敷の仕事である程度体力はあるだろうが、山登りとなると……」
俺が周囲にいる従者達に目配せすると、浮かない顔を浮かべていたが、唯一、クローセさんだけは楽しそうという表情をしていた。彼女も山登りの経験は無いはずだが、不安よりも期待が大きいのだろうか。