VS若い頃の自分
士官学校での授業は歴史、数学といった勉学の他に士官学校特有の戦いの術を学ぶ授業も組み込まれていてる。剣術、魔法の他にも、士官としていずれ一軍を率いることができるようにと戦術の授業がある。
若い頃は戦術の授業が苦手だった記憶がある。実際、その記憶が正しいことを証明しているかのように、午前中の戦術の授業では若い頃の俺であるラティウスが眠たそうにしていた。
その反面、剣術は大好きだったので午後の剣術の授業では元気よく動き回っている。若い頃の自分相手なので、はっきりと言うがガキっぽい。周囲からはこんな風に見えていたとは知らなかったので、かなり恥ずかしい。
落ち着かなかったラティウスはトルテに注意されて、ようやく落ち着いた。トルテには迷惑をかけているなっと、若い頃の自分に対してため息が出る。
「グリオット様、うんざりしますよね。あの落ち着きの無さは」
ため息を付いたことで、俺がラティウスに呆れていると思ったブラウ達が声をかけてきた。特段、間違ってはいない。
「そうだな。仮にも貴族として情けない」
「ここは今、一度、グリオット様が公爵家としての格の違いを思い知らせてやるべきですよ。前回の決闘はただのマグレでしたし」
「前回……ああ、そうか。一度、戦っていたな」
「覚えていらっしゃないのですか?」
「そ、そんなことはない。覚えている」
覚えているのはラティウスとして勝った方の記憶だがな。
「ならば、マグレとはいえ、負けたままではいけませんよ! グリオット様の真の実力を今度こそ見せる時です! 再戦です!」
「お、おい、待て」
ブラウ達は俺の静止する声を聞く前に剣術の教師へと駆け出していき、何かを訴えた。訴えられた教師は俺とラティウスに視線を送った後、困ったように頬をかいた。教師として考えていた授業の進行があったのに、横槍が入ってきたのだ。困るのは当然だ。
加えて、ブラウ達のことなので、公爵家であるグリオットが決闘の再戦を望んでいると教師に訴えているのだろう。公爵家の頼みとなれば、断れる教師はこの士官学校にはそうそういない。
教師が諦めたように頷くと、ブラウ達が満面の笑みで戻ってきた。
「グリオット様! お望み通りに再戦が出来ますよ!」
「あ、ああ、ご苦労」
決して望んではいないが、場を整えられては断れない。グリオットの負けず嫌いな性格からしても、再戦は望んでいただろうし、グリオットらしい振る舞いとしては問題はない。
決闘の再戦は名目上、長期休暇で身体が鈍っていないかを対人戦で確認するということになった。かなり無理な名目だ。
クラスメイト達に囲まれた広い円陣の中で、俺はラティウスと対峙する。
「再戦するのはいいけど。この前の決闘での取り決めをきちんとしてからじゃないのか、グリオット」
「取り決め? ああ、謝罪するという件だったか。悪かった……これでいいだろう?」
「なっ!?」
できる限り素っ気なく謝罪したつもりだったが、それでもラティウスを含め周囲に生徒達が全員驚いてしまった。
いけない。グリオットは何があっても謝らない面倒な奴だった。謝罪をするのではなく、適当に受け流してしまえばよかった。
なんとかグリオットとして挽回しなくてはいけない。
「驚くほどのことか。今のは前回は手を抜いて悪かったと言ったんだよ。元平民が公爵家である私よりも強いと勘違いさせてしまったようだからな。大変申し訳なかった。その勘違いをこの場で訂正させてもらおうか」
「……ちっ、口が減らない奴だな。じゃあ、公爵様の実力を見せてもらおうじゃないか」
「見せてやろう。もっとも、その瞬間に貴様は地面に倒れているだろうがな」
訓練用の木剣を構えて教師からの開始の合図を待つ。
この状況は決して望んだモノではないし、そもそもグリオットの身体に俺の意識が入っている時点で不満だ。
それでもだ。こうして若い頃の自分自身と戦えるという展開に俺は内心で嬉々として興奮している。
剣術が好きで、腕の立つ騎士達と戦い、腕を競ってきた。
仲間達からは剣術バカなどと揶揄されたりもしたが、自分でもそう言われても仕方ないと思うくらい、剣で強い相手と競い合うのが好きだった。
多くの強者と戦ってきたが、自分自身と戦うという経験は出来なかった。考えもしなかったことではあるが、それが今、行われようとしている。
若い頃の自分の実力は本当は程度か。思っている通り、強いのか、それとも弱いのか。興味が尽きない。
「始め!」
教師の掛け声で俺とラティウスは同時に駆け出し、お互いの木剣をぶつけあう。
木剣の激突音と衝撃が俺の身体を駆け巡り、力と勢いが強いラティウスの木剣が押し勝つ。
力では勝てないと判断すると俺は手首を返して、ラティウスの攻撃を受け流し、そのままラティウスの右後方へと逃れた。
手に痺れが残っており、続けて、攻撃されては木剣を手放してしまうと距離を取る。
想像以上の力強さだった。自画自賛したいわけではないが、この歳にしてはかなり鍛えられている方だ。
だが、グリオットの方も決して鍛えてないわけじゃない。
力ではラティウスに負けているが、人生一回分の戦いを経験してきた俺の反応になんとか付いてこれる程度には身体が出来上がっている。
俺の戦いの経験値を抜きにしても、真っ当に戦えば、グリオットとラティウスは良い勝負が出来ると思う。が、俺の記憶ではグリオット相手に苦戦した記憶が本当にない。
身体は出来上がっていたのだから、勝敗を分けたのは精神的な面だったのだろう。
グリオットは勝負で俺に何度も負けていたが、それでも元平民と俺を侮り続けていたせいで、最後まで実力を発揮することが出来なかったのかもしれない。
手の痺れが取れかけたタイミングでラティウスの追撃がきた。
力強い踏み込みからの切り上げの一閃を身体を反らして、なんとか避けると、振り上げた木剣が振り下ろされる前に最小限の動きで、俺の木剣をラティウスの脇腹に打ち込む。
当たりはしたが、浅い。
木剣が当たった瞬間、ラティウスは攻撃方向へと身体を移動させて、木剣から受ける衝撃を和らげていた。
攻防が一旦落ち着くと周囲のクラスメイト達から俺、グリオットを応援する盛大な声とラティウスへの非難の声が上がった。
「……おまえ、別人みたいだな」
ラティウスの言葉に驚き、身体が固まる。
「な、何を突然!?」
「前に戦った時は動きが違う。本当に手加減していたのかよ」
「……そうだと言っただろう」
「そうか、これは楽しいぜ!」
ラティウスの上段から繰り出してきた攻撃は素早く回避が間に合わなかった。なんとか木剣を体の前に出して防御することは出来たが、木剣をそのまま力付くで押し込まれて後ろに倒されそうになる。
我ながら力任せの剣術で自分の持ち味を分かっている。
ここで後ろに引いてしまうと、勢いの乗ったラティウスの追撃がおそらく来るだろう。いや、俺ならそうする。
ならばっと、後ろへと引くふりをしてラティウスが前のめりに押してきたタイミングで体勢を低くする。そしてラティウスの足首を狙って下段で木剣を振り抜いた。
体勢が崩れたラティウスの足を殴打するはずだった一閃は空振りする。視線を動かしてみると、ラティウスは手にした木剣を地面に突き立て支点とすると、その場で飛び上がっていた。
背後を取られまいと、俺はそのまま前に走り出して距離を取る。
俺が振り返って構えたのと同時にラティウスも地面に降り立った。
視線の先でラティウスが笑っていた。そして俺も自然と笑っていた。
一呼吸。
お互いに間を整えた後で気合の乗った掛け声と共に三度目、木剣がぶつかった。
激しい剣戟が長く続いたが、決着はつかなかった。俺の体力が限界になりかけたところで教師が止めに入ったのだ。続けていれば俺よりも体力に余裕がありそうだったラティウスが勝っていただろう。
周囲からはラティウスへの非難の声や俺を心配するような声が聞こえていたが、俺は心の底から満足していた。
力を精一杯出して戦えたのはいつぶりだろうと、体中に感じる疲労が心地よかった。