奥の手
高速魔法式は俺も使えるが、未熟と評価する今のトルテほど素早く正確に使うことは出来ない。所詮は付け焼き刃というか、そもそも真面目に覚えなかったせいだ。
「どうするの? まだやるつもりなら私は構わないわ。けど、降参してくれるとありがたいわね。倒れた奴らのことをあんたに頼んで帰られるから」
「くっ!」
男子生徒は悔しそうに唇を噛む。一対一では敵わないと多数で挑んだというのに、残り一人になってしまった時点で勝敗は決している。トルテの提案を受け入れるのが、一番良い選択だ。
「降参をするわけにはいかない。元平民なんぞに!」
「諦めない根性は少し尊敬するわ。プライドが高いだけだとしてもね」
トルテは防御魔法を展開し続けている男子生徒へとゆっくり近づいてく。男性生徒としては防御魔法を解けば、高速の攻撃魔法が飛んでくると分かっているので展開をし続けているしかない。だが、この状態では男子生徒は攻撃が一切出来ないし、防御魔法を展開し続けるといずれ魔力が切れてしまう。
トルテにすれば男子生徒の魔力切れを待てばいい場面だ。あえて近づいていくのは男子生徒に圧を与えるためと、最後は素手の物理攻撃で終わらせるつもりなのだろう。
学校の授業の内容に剣技以外に素手の近接格闘術も存在している。トルテは腕力こそないが、技術としては優秀な成績を収めている。動けない相手を一撃で倒すことなど簡単だろう。
「下手に動くと余計に痛いわよ」
トルテが男性生徒を殴る瞬間、どこに隠れていたのか、訓練棟内の隅から生徒が一人飛び出してきた。生徒が飛び出してきた位置はトルテの背後で、トルテは気づいていない。生徒がトルテの方を向け、コム・ウィンドを放った。
貴族生徒達が用意していた奥の手なのだろう。最後の一人がやられる時に出てきて、油断しているトルテを倒すために今まで潜んでいたのだ。
意識外からの攻撃にトルテは反応が出来ていない。
俺は生徒が飛び出してきたのを見た瞬間に訓練棟の中へ走り出していた。
トルテの背後に立つと、飛んできたコム・ウィンドを両腕でガードする。防御魔法を展開している余裕はなかった。コム・ウィンドの風の弾丸は俺の両腕を軋ませながら、体を吹き飛ばした。
「っ!?」
俺が現れたことに驚きながらも、トルテは男性生徒を殴った手で、飛び出してきた生徒に向けてコム・ウィンドを放ち、飛び出してきた生徒を反対側へと吹き飛ばした。
俺は吹き飛ばされはしたが、なんとかバランスを保って倒れることだけは防ぐことが出来た。先日のラクレームの飛び降りといい、両腕が酷使される事態が連続で起きていて、厄日が続くと嘆いてしまう。
「……あんた、何してんの?」
驚きと戸惑いの表情を浮かべたトルテが声をかけてくる。