包囲
「僕達がお前をここに連れてきた理由は分かるか?」
「……分からないわよ。早く帰りたいから、さっさと済ませてくれる」
「態度がなっていないな。由緒ある貴族である僕達がお前の魔法修練の手伝いをしてあげようというのだよ」
「手伝い? しかも魔法の? いじめの建前にしても意外すぎるわ。剣技ならまだ分かる建前よ」
「いじめとは心外だ。貴族はいじめなど低俗なことはしないよ。同級生への指導だよ」
「苦しい言い訳。でも、いいわ。指導っていう建前は私としても好都合よ。生徒同士の自主練だものね。多少怪我をさせても仕方ないわよね」
トルテから凄まじい怒気が発せられた。離れて見ている俺にも軽く鳥肌が立つくらいなので、間近にいる貴族生徒達は体が震えているのではないだろうか。
「きょ、虚勢を張って威嚇しても無駄だぞ。お前が少し魔法の腕が立つとはいえ、この人数だ。しかも、全員魔法が得意なメンバーだ」
「さっきも言ったけど、早く帰りたいのよ。さっさと始めましょう。そっちが先手でいいから」
貴族の男子生徒は周りにいる生徒達と顔を一度見合わせると、二人組を作って、訓練棟内に複数に分かれた。
「考えなしって、わけでもないみたいね」
「お前が魔法が多少得意なことは分かっているからな。頭を使うのは当たり前だ」
トルテを相手に大人数が一箇所に固まっていては、そこに強い魔法を打ち込まれてしまい、終わってしまう。だが、魔法を打ち込む場所が複数になると、一箇所の貴族生徒達を倒そうと集中すると、他のところにいる貴族生徒から攻撃を受けてしまう。これではトルテも迂闊に攻撃は出来ない。強い相手に対して数で戦うという利には叶っている作戦だ。
「一つだけ攻撃すると隙が出来るなら、全部を一気に攻撃すればいいのよね」
トルテの周囲に複数の風の弾丸が現れた。
風の初級魔法であるコム・ウィンドだ。初級とはいえ、複数を同時に出現させるのは難しい。加えて、それらを複数の標的に向けて別々に放つという芸当は天才以外には出来ない。
トルテが腕を小さく動かすとコム・ウィンドの弾丸が魔法訓練棟内に散らばった貴族生徒達へと向かっていく。正確に狙いをつけられたコム・ウィンドだったが、貴族生徒達もただ直撃を待つわけではなく、防御魔法を展開して防ぐ。
「防ぐわよね、そしてっ!」
間髪入れずにトルテが立っている場所に四方からコム・ウィンドの弾丸が飛んできた。貴族生徒が放った魔法だった。
二人組となった貴族生徒達は片方が防御役、片方が攻撃をと分担していた。
トルテは貴族生徒達が攻守を分担していることを予期していたのか、攻撃を慌てずに避ける。
「お返しよ」
トルテは避けながら、再びコム・ウィンドを各所へと放つが、展開している防御魔法に阻まれた。
「無駄だ。防御魔法があるんだぞ。どれだけ攻撃しようと無駄無駄。こちらは一方的に攻撃して、お前が疲れて攻撃を避けられなくなるのをゆっくり待ってやるよ」