慣例
不穏を感じるラクレームの言葉に俺は眉をひそめた。俺のそんな表情を見たラクレームが満面の笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「ねぇ、グリオット様?」
「断る」
「まだ何も言ってませんわ」
「さっきの呟きだけで十分だ。彼女はこの屋敷専属のメイドとして雇っているんだ。他には行かせられない」
「そこをなんとかなりません?」
「ならんな」
「強情ですわねぇ。そんなにあのメイドがお気に入りですの?」
「気に入ってるかどうかではない。もう一度言うが、彼女はここで働くと約束して契約している。その契約を破るわけにはいかないだけだ」
「……そうなんですのね」
ラクレームは言葉では納得したようだが、不満は残っているようだ。
ラクレームの願いを断る理由として契約と口にはしたが、本当の理由は本来は亡くなっているクローセさんの行動をある程度制限し、知るためだ。
俺は我が儘でクローセさんの命を救ったが、歴史を可能な限り、俺が知る通りに進めなくてはいけないため、予測不能な事態を避けなくてはいけない。人、一人の存在の影響というのは予測できない。クローセさんが生きていたとしても歴史に大きく影響は無いのかも知れないが、万が一にでも彼女が生きていることで、何かしら影響は派生して、本来起こるべきことが起きずに、起こらないことが起こるような事態があるかもしれない。
そのような出来事がなるべく発生しないように、発生しても対応出来るように、クローセさんには俺の近くに居てもらわないと困る。
「あまり無理強いして、これ以上、グリオット様のご機嫌を損ねるようなことはやめておきますわ」
「諦めてくれて何よりだ。」
「あら、諦めたわけではありませんのよ」
「何?」
「私、こう見えても我が儘ですの。欲しいと思ったモノは手に入れてきましたわ」
どう見ても我が儘だろうという口から出かかった言葉を飲み込む。
「そちらのメイドについては、いずれ私がフォレノワール家の嫁いできた時に改めて私の専属になってもらいますわ。将来的に私のモノとなるのなら、今は我慢出来ます。これならよろしいですわよね、グリオット様」
「何年先になるか分からんが……その時になってみないとな」
「最短で三年後ですわ。グリオット様がよろしければ、学校を卒業後にすぐに」
「……早ければそうだな」