庭にて
学校が休みの休日、俺は屋敷の庭で剣を一人で振るっていた。
数日前までは屋敷に剣の講師が来ていたが、彼は俺が公爵家の人間であることに遠慮しているせいで、厳しい稽古を付けてくれないため、申し訳ないが止めてもらった。代わりに厳しい稽古を付けてくれる講師をアントルに探してもらっているが、皆、公爵家の人間を怪我させられないと怯えているらしく、なかなか候補者が見つかっていない。
学校の授業でも似たような状況にはなっている。剣技の授業でお互い打ち合う場合でも誰もが遠慮をして強く打ち込んでこない。唯一ラティウスは関係なしに打ち込んできそうだが、当人は休学して修行中だ。ラティウスが戻ってくるまで待っている時間がもったいないし、ラティウスがいる前提で修行というのは彼、過去の自分自身に頼りすぎている気がする。
かと言って一人で剣を振るうのにも限界がある。剣を振るっていた一生分の経験値はあるが、その経験に見合う体がまだまだ出来上がっていないために、思い描く動きと実際の動きの差が発生してしまっている。動きの差の感覚については一人では全てを知ることは出来ない。実力が同じが、上の相手と打ち合ってこそ、分かるものだと思う。
世にいる天才と称される剣の申し子ならば一人で剣を振るっていても、上達できるのかもしれないが、俺はそうではない。それなりに才能はあったと自負していたが、一朝一夕で実力を上げていったわけではなく、地道に血反吐を吐き、怪我を負いながら、仲間達の協力の元で実力を付けていった。
グリオットも才能がないわけではない。俺が乗り移る前の段階でも十分に体は出来上がっていた。フォレノワール公爵家という立場から厳しい訓練はしてきてないはずなのに、乗り移った俺が違和感ありつつも、戦うことが出来て、エーブという格上に勝てたのはグリオットのおかげだ。
グリオットは決して何か劣っているわけではなく、魔法の才能は俺よりもあるようなので、総合力ではラティウスに負けていない。
フォレノワール家は百年以上前に起こった国家戦争の際に活躍した軍人の出だ。
フォレノワール家の伝記には大軍の将として軍を指揮つつ、一騎当千の騎士として戦場を駆け抜けたと書いてあった。誇張されている部分はあるだろうが、現在、フォレノワール家が公爵という高位な爵位になっていることから祖先は優秀であったことは間違いない。
血筋というと短絡的かもしれないが、フォレノワール家の優秀な力は間違いなくグリオットにも受け継がれている。
「グリオット様ーーっ!」
すっかり屋敷に居着いているラクレームが庭が覗ける屋敷の二階の窓から手を降っていた。
「どうかしたか? ラクレーム」
「そろそろご休憩、お茶にしませんかー?」
「……そうだな。一息いれるか」
体から感じる疲労の度合いから、これ以上続けても怪我をする可能性が高いと思い、ラクレームの提案を受けることにした。
近くに控えていた使用人からタオルを受け取って、汗を拭き取っていると再びラクレームから呼びかけられた。
「グリオット様ーーーっ!」
声に反応してニ階の窓を見ると、ラクレームが大きく身を乗り出していた。
「はっ?」
「受け止めてくださいませぇ!」
ラクレームが話すよりも早く、嫌な予感を感じて俺は走り出し、少し後にラクレームが二階の窓から飛び降りた。
間に合うかどうかを疑問に思う余裕すらなく、庭を駆け抜け、落ちてくるラクレームに両腕を突き出す。
ラクレームが身軽とはいえ、それなりの重量と衝撃が両腕に流れた。
「はぁ、ドキドキでしたわ」
俺の両腕を代償にしたおかげで、ラクレームに怪我は無いようだ。
「受け止めてくださって、ありがとうございますわ」
「あ、危ないだろう!!」
両腕に残る痛みに耐えながら、腕の中のラクレームを怒鳴る。
自由奔放はいい。我が儘も多少なら許容しよう。だが、万が一にも命を落としかねない行動を無邪気ゆえだろうと許すわけにはいかない。