今後のため
士官学校の一日を終えた俺は学校内の寮にある自分の部屋へ来ていた。学校内の寮は基本的に二人部屋となっており、同級生と生活を共にしているはずなのだが、グリオットに関しては公爵家であるためか個室があてがわれていた。
特別に設えられた部屋のようで一人部屋なのに他の二人部屋よりも広い間取りになっている。近くには屋敷から付いてきた使用人達の部屋もあり、公爵家としての権威を学校に対して使いまくっている。
「贅沢だなと思ってしまうが……部屋で一人はありがたい」
誰かと行動している間は常にグリオットとしての行動を意識しなくてはいけないので精神的にかなり疲弊していた。確実に一人になれる場所が確保出来たのはかなり嬉しい。
俺は丁寧に整えられたベッドに倒れ込む。この身体になってから一日の終りはいつもベッドに倒れ込んでいるような気がする。
「グリオットの行動がキツイ……」
いっそのこと明日からグリオットを演じるのを辞めるという手もある。
未来のラティウスが過去に転移してきたと言うわけにはいかないが、心を入れ替えたとか適当に理由を付けて行動し直すことは出来る。
出来るのだが……その場合、未来がどうなってしまうのか不安になる。
俺にはこれから起こる出来事の記憶がある。
正直、覚えていない出来事もあるが、大きな出来事は覚えている。
特にフォレノワール公爵家による国王暗殺未遂事件と、それに連鎖する貴族連合の解体はこの国の大きな転換点だった。この出来事が発生しなかった場合、その後に起こった帝国や周辺諸国との協定がどのようになっていたか分からない。
変わらず権力を持ち続けたフォレノワール公爵家と貴族達が権力欲しさに協定の妨害工作をしていた可能性が高い。
なので、フォレノワール公爵家の国王暗殺未遂事件で協定の妨害しそうな勢力達を排除しておかなくてはいけない。
暗殺未遂事件でグリオットは主犯格の一人だった。
グリオットが事件に関わらなかった場合、暗殺計画そのものが無くなるか、俺が覚えている計画とは別の計画として実行されるかもしれない。そうなったら前回は間一髪で防ぐことが出来た国王の暗殺を今回は防げなくなる可能性がある。
未来の展開を変えないためにもグリオットを演じ続ける必要性を感じてはいるが、それだとまた別の問題が発生する。
国王暗殺未遂事件が起こってしまえば、俺は国外追放される。見知らぬ土地で暮らしていけないこともないだろうが、出来るならば俺は大好きなこの国に居たい。
「いかん、考えることが多すぎて混乱してきた。この状況の原因も突き止めなくてはいけないし……はぁ、誰か説明してくれ」
考えすぎて疲れた声でつぶやいても、神や天使が現れて全てを説明してくれるわけではなかった。
「……今、出来ることはグリオットとして生活し続けることと、過去に転移している原因の究明か。暗殺事件は数年後だ。時期が近づけば何かしら動きがあるはずだし、今は一旦考えるのはやめよう」
ベッドに横になりながら俺は部屋内の本棚を見る。並べられている本は小説以外に王国の歴史書や魔法、剣術の鍛錬本が揃えられていた。グリオットが買い揃えたとは思えないので、執事であるアントルが気を利かせて揃えさせたのだろう。
俺はベッドから立ち上がって魔法の本を手に取る。初歩的な風魔法や炎魔法から中級までの魔法の使い方が記載されていた。当然ながら転移については一文字も書かれていない。他にも魔法の本があったので読んでみるが結果は一緒だった。
攻撃系の魔法でも回復系の魔法でもない。もしかしたら魔法ですらない過去への転移という現象。ヒントとなるような本はあるのだろうか。仮にあるとすれば宮廷魔法使いが管理している王城内の書庫だ。あの書庫には禁忌として封印されている魔法の本もあると聞いたことがある。
「転移について書かれた本を探してくれなんて理由の分からない依頼になるが、公爵家の嫡男として宮廷魔法使いの誰かに頼めば調べるくらいはしてくれるかもな」
書庫内の本は膨大だ。調べるのには時間がかかるだろう。忙しい宮廷魔法使いには申し訳ないが、依頼だけはしてみよう。
「可能性があることは全てやるしかない」
宮廷魔法使いへの依頼は公爵家の伝手を頼って行うことにして、疲れ切った俺はベッドに入って深く眠りについた。