バレ
何度か来ているせいか、若干親しみが湧き始めたフォレノワール家所有の屋敷の一室で、俺はアントルに調査依頼していたケスター家の直近情報が書かれた資料を手にして椅子に座っている。本当なら今すぐにでも資料を確認したかったのだが、それどころではない状況が目の前に発生したため、俺の思考は数秒停止している。
俺の側にある丸テーブルには温かい紅茶が注がれたカップが置かれている他、スコーンも添えられている。
それはいい。特に言われずともそれらを準備するのは、主人に対する家人達の仕事だ。
問題はその給仕を行った人物だ。
「ア、アントル?」
情けなく半開きになった口で、室内に控えているアントルを呼ぶ。
「なんでしょうか」
アントルは特段、室内に驚くようなことはないという平然とした口調で言葉を返してきた。
この時点で、アントルが俺がこう反応すると分かって、仕組んだのだと察したが、それでもなぜ彼女が部屋に居て給仕をしているのか分からない。
「クローセさんが何でここにいるんだ?」
数日ぶりに出会ったクローセさんはフォレノワール家のメイド服を着て、部屋で給仕をしていた。
「彼女ですか? 雇わせていただきました。屋敷で働く人材の人事については私が権限をいただいておりますので」
「権限があるのは分かっているが……なぜ、彼女を」
「ご不満でしたら、解雇いたしましょう。まだ今日一日しか仕事をしていませんが、良い働きをするので、私個人としては気に入っていたのですが、グリオット様がお気に召さないのなら仕方ありません」
「不満とかそういうのではなくてだな……意地悪をするな」
「失礼しました。グリオット様の反応を楽しみたかったのでございます」
「いい性格だな。で、ちゃんとした理由はあるんだろう?」
ただ俺を驚かせるためだけにアントルがクローセさんを雇うはずがない。
「グリオット様、お耳を近くに」
アントルの口元に耳を寄せる。
「聞いたお話では本来、彼女は亡くなっております。で、あるならば可能な限り、人との接触は限定して、本来の歴史への影響を少なくした方がよいと考えました。人との接触を限定すると言っても監禁などしては助けた意味がありませんし、私もグリオット様も望まないでしょう」
「当たり前だ」
「なので、彼女を屋敷専属のメイドとして雇うことで人と接触を限定し、かつ、今後の彼女の動きについて監視が出来ると判断いたしました」
アントルから理由を聞きながら横目でクローセさんを見る。クローセさんは自分の処遇を話されていることに不安そうな表情を浮かべていた。
「理由は一応分かったが……よく雇えたな。数日前、貴族に拐われたばかりだぞ。なのに、貴族の屋敷にメイドとして雇われるなんて、普通は怖がって断ると思うが」
「私も断られる可能性が高いと思ったのですが……実は彼女にバレてしまいまして」
「バレる? 何をだ?」
「あの夜、馬車で家まで送り届けた仮面の人物と私が同じだということがです」
「なっ!?」
俺は驚いてアントルとクローセさんを交互に見た。