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劇場前にて

 俺が劇場前になんとか歩いて辿り着くと、ラクレーム達は先に到着していた。


 ダダルからの連絡でラクレームもシュティも無事だということは知っていたが、シュティが思っていた以上にボロボロになっていて驚く。



「大丈夫か、シュティ」



 シュティを心配して声をかけようとすると、目の前にラクレームが立ち塞がった。


 不機嫌そうに俺を睨みつけてきている。



「ラクレーム?」


「グリオット様、まず最初に婚約者である私へ声をかけるべきではありませんの!?」


「そ、そうだな、すまない。大丈夫だったか、ラクレーム」



 ラクレームの全身を確認するが、特に怪我らしい怪我はなく、髪型も服も整っていて、戦った後とはとても思えない。



「怪我はないようだし……洋服も綺麗だ」


「当然です。グリオット様にお会いする前に整え直しましたわ。レジェスが頑張ってくれましたの。グリオット様も褒めてあげてくださいな」


「私はお嬢様が戦われていた最中に何も出来ませんでした。叱咤はあれど、褒められることなど何もありません」



 ラクレームの横に立つレジェスが申し訳なさそうに顔を伏せている。



「そんなことはありません、レジェス。先程も言ったでしょ。あなたは私を守ってくれました。充分に役目を果たしています。私は貴方に優秀であることを望んではいますが、何でも出来ることは望んでいませんわ。あなたは出来ることをやり遂げました。十分ですわ」


「ラクレームの言うとおりだ。よく俺の婚約者を守ってくれた。感謝する」


「お気遣いありがとうございます。ですが、やはり私は、私自身は役目を果たせたとは思えませんので」


「……まったく頑固ですわね。そういうところを気に入っているのですけど」



 レジェスをこの場で納得させるのは難しそうだ。時間を置くしかないだろう。


 改めてシュティを見ると、屋敷を出た時とはだいぶ格好が変わっている。


 戦闘の後なのでボロボロではあるが、白と黒の上下の服がシュティにはとても似合っていた。


 髪も纒められていて、確か東方の髪留め――(かんざし)が差し込まれていた。



「シュティは大丈夫か。怪我は?」


「多少打ち身はありますが、行動に支障はありません。ただ……」


「ただ?」


「本日、ラクレーム様に買っていただいた服は汚れてしまい、整えていただいた髪はほどけてしまいました」


「髪はまとまっているように見えるが?」


「これはレジェス様に直していただきました」


「見様見真似でございます。本職の方からすれば粗が目立つ仕上がりになってしまいました。まだまだ技術不足です」


「本当はシュティさんの服も仕立て直したかったのですが、さすがに時間がありませんでしたわ。汚れは出来る限り、取りましたけれども、服の細部のほつれまでは手が届きませんでした」


 

 レジェスの謙遜(けんそん)の言葉の後、ラクレームがシュティの服の裾を持ち上げて、ほつれた部分を確認するように俺に見せる。



「それくらいは仕方ないだろ。大変な戦いだったということだ。ともかく全員無事で良かった」



 全員の無事を労うとラクレームが再び不機嫌そうになる。



「無事で良かった……それは結構ですわ。終わったことです。ですが、グリオット様! あなたのその格好は何なんですの!?」


「何って、別に変なところは……地面を転がったせいで服が汚れているくらいで」


「髪はボサボサ、顔には汚れ。ここに来るまでに鏡は見ましたか?」


「いや、その余裕はなかった。怪我をした御者と馬を預けて、すぐに駆けつけてきたからな」


「女性との待ち合わせですのよ。どんなことがあっても、身だしなみは最低限整えておくべきですわ」


「しかしな――」


「しかしではありませんの。お洋服も汚れているくらいといいましたけれども、汚れ以外も焦げたような箇所がありますし、斬られたような箇所もいくつかありますわ」



 ラクレームはさらに俺に近づくと軽く叩くように俺の身体中を触り始めた。



「私達の心配をしておりましたが、グリオット様はどうですの? お怪我は?」


「……そうか、心配をさせたのは俺の方もだったな」



 ラクレームにはダダルから俺が無事だと連絡されていたが、それはそれとして大丈夫だと言うのを忘れていた。


 シュティに視線を向けると、俺の様子を窺っている。


 彼女に対しては本当に心配をさせただろう。


 

「きちんとご自分の言葉で言っていただかないと安心が出来ませんわ」


「打ち身と少しの火傷はあるが、問題ない。運良く、斬られることはなかった」


「――良かったですわ」



 一瞬の間を置いてラクレームが安堵の声を出す。


 何か少し我慢したようだった。


 よく見ると右手が震えている。



「怖くはなかったか?」



 ラクレームがハッとしたように顔を上げて、俺を見た。


 ラクレームの普段の言動で忘れがちというか、彼女なら何が起きても大丈夫だろうと思ってしまうが、まだ十一歳の少女だ。


 命のやり取りをして、少しも恐怖を感じないことなんてないだろう。



「怖さですか? ありませんわ。似たような状況は以前、盗賊相手に経験済みですもの」


「あの時はラクレームが仕掛ける側だっただろ。襲われる側は違う。怖くて当然な状況だ」


「……そうですわね。大抵のことが起きても平気、問題はないと考えていても、実際に命を狙われる立場になると感じるものはありましたわ」



 ラクレームは右手の震えを止めるように左手で握る。


 その左手も震えていたので、安心させるために上から手を添えた。



「巻き込んですまなかったな。今回の件は俺への襲撃だった。被害に遭うのは俺だけだったはずなのに」


「巻き込んだなんて考えないで下さい」



 手を添えていたラクレームの両手の震えが収まっていた。



「私はグリオット様の婚約者。あなたのことは私のことでもありますわ」


「どういうことだ?」


「そのままですわよ。私は将来の伴侶なのですから、気にしないでくださいということですわ」



 あまり意味は分からないが、ともかくラクレームの調子が明るめに戻ったようなので良しとしよう。



「シュティも心配をかけたな」


「いいえ、主様ならあの程度……百人を相手にしても勝てたと信じています」


「さすがにそれは無理だ」



 シュティからすれば、悪魔である俺ならばという考えだろう。


 しかし、本当は悪魔ではない俺は運よく勝てただけだ。


 今回、俺が勝てたのは相手が終始動揺していたのが大きい。


 彼らは最後まで何故、自分達の襲撃を俺が知っていたのかと考えながら戦っていただろう。


 切り替えたつもりでも、知っていたはずはないという不気味さが残っていた。


 わずかな動揺ではあっただろうが、攻撃に乱れを生じさせていた。


 よほどの実力者でなければ命のやり取りをする場面で、それは十分に勝ち負けの差になる。



「さて、そろそろ時間ですわ。劇場の中に入りましょう」


「劇を見るのか? 今日はもう帰った方が――」


「駄目ですわ。せっかく良い席を確保出来たのです。見ないともったいないですわよ」


 

 ラクレームに手を引かれて劇場の入口へと歩かされる。



「分かったから手を引くな。自分で歩く」


「分かりましたわ。引くのを止めますから、エスコートはしてくださいな。女性を二人」


「二人?」


「そこで疑問に思うのはシュティさんに失礼ですわよ」



 後ろから付いてきていたシュティが何のことか分からず、首を傾げている。



「せっかく素敵な格好をしているのです。後は男性がエスコートしないといけませんわ。ささ、私達二人に向けて手を差し出してくださいな」


「二人同時というのはそれはそれで礼儀としてどうかと思うが」


「私は構いませんわ。今日だけの特別ですけど」


「ラクレームがいいから」



 一度軽く咳払いをして、ラクレーム、そしてシュティに手を差し出した。



「二人共、どうぞ、手をお取りください」



 迷わず俺の右手を握るラクレームに対して、シュティはどうしたらよいか分かっていない様子だ。



「シュティさん、グリオット様の手を握るのですわよ」


「これで……よいですか?」



 ラクレームに指示されて戸惑いながらシュティが俺の左手に自分の手を置いた。


 自分から握ってよいのか迷っていたようだったので、俺から握る。


 握られるとは思っていなかったようで、シュティの身体がピョンと跳ねた。


 意外なシュティの反応に興味を抱き、一応の想像をする。


 おそらくシュティは自分から何かを行うことは慣れていても、自分に対して何かされることには慣れていないのだ。


 

「ゆっくりでいいから、経験していくんだ。シュティ」


「主様?」


「まずは劇だ。ここの劇場の演者はすごいからな。息をするのを忘れるかもしれない」


「何かの術をかけてくるのですか?」


「そういうわけじゃないんだが……見て経験すれば分かる。ほら、行くぞ」



 二人の手をしっかりと握りながら、ゆっくりと劇場内へと歩いた。


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