遭遇
「行き先はお二人の実家でよろしかったですな」
馬車の運転手席からアントルが声をかけてくる。
「ああ。正確には実家の近くだな。家の前に馬車を止めるわけにはいかない」
「かしこまりました」
馬車が街中へと向かっていく。
真夜中であるため、周囲の建物からの明かりはほとんどなく、街灯がわずかに道を照らしていた。静かな街中を進む途中で馬車が止まった。
「どうした?」
「追い剥ぎ達に囲まれてようです」
「……治安が悪いのは分かっていたが、今、襲ってくるか? 間が悪すぎるだろ」
俺は痛む体に力を入れて椅子から立ち上がった。
馬車の扉に手をかけた時、外から追い剥ぎ達の声が聞こえてきた。
「こんな夜中に馬車で移動とは、貴族様の夜逃げか何かか。それとも商人かな。御者の顔も隠してるなんて、よほどお忍びか。どっちにせよ、金目のモノは持ってそうだな。置いていきな、そうすれば命は助けてやる」
俺は典型的な悪党の台詞に呆れながら、追い剥ぎ達を倒さなくてはと外に出ようとしたが、アントルに止められた。
「お待ち下さい。ここは私が。あなた様は重い怪我をなさっているようですので」
「……代わりにやってくれると助かる」
「命令してくださればよいのですよ。私はあなたに仕えているのですから」
「期限付きだろ」
「今は期限内となります。では、手早く終わらせましょうか……おや?」
「今度はどうした?」
「誰かが向こうから……私の出番は無さそうですね」
客室の扉を少し開けて、外を覗いてみると馬車が向かっていた先からランタンを持った誰かが走ってくるのが見えた。
「おい! お前ら! そこで何をしている!!」
真夜中で周囲が静かなせいもあるが、よく通る大きな声が響いた。
聞き間違えるはずのない若い頃の俺、ラティウスの声だ。
「まさか誘拐しようとしてるんじゃないだろうな!」
「誰だよ、ガキ! 静かにしやがれ」
「質問に答えろ! そこの馬車の人を誘拐しようとしているのか、女性二人を誘拐したのはお前達か!? 二人は何処に居る!!」
「な、何を言ってんだ?」
焦って支離滅裂になっているラティウスの質問に追い剥ぎ達は疑問を口にする。
ラティウスはクローセさん達が行方不明になったことを知らされて、今まで街中や周辺を探し回っていたのだろう。そして、ようやくこの場で手がかりを見つけたことで、気持ちが先走っているのだ。
「時間がない……馬車を襲おうとしているのは間違いないんだ。倒してから確認する!」
ラティウスが剣を構えるのが見えた。本物の剣は当時、俺は持ち歩けなかったので、訓練用として刃を潰してある剣だ。
客室の扉の隙間から見える追い剥ぎの数は一人。馬車を取り囲んでいるようなので後、最低でも三人程度はいると考えるが、その人数の追い剥ぎならラティウスの敵ではないだろう。
それでも万が一がありえるので、アントルに声をかけた。
「危なそうなら、手を貸してやってくれ」
「かしこまりました。ですが、必要ないでしょうな」