ようやく脱出
誰にも見つからないようにと慎重に歩きながら、無事に地下から地上にあるケスター家の別荘の庭へと戻ることが出来た。
「空気が美味しいって思ったの初めて……」
閉鎖されて風も吹かない淀んだ空気がこもっていそうな地下に一日監禁されていたクローセさんは大きく息を吸う。庭の照明に照らし出された彼女の顔には安堵が浮かんでいた。
「まだ安全じゃない。裏口に行くから付いてこい」
屋敷内、庭を含めて人の気配は無いため、騒ぎにはなっていないようだった。
裏口まで無事に到着すると門の向こう側に馬車が一台止まっているのが見えた。俺は懐からマッチを取り出して、馬車から見えるように火を付けて、すぐに消す。すると馬車の中からランタンの灯りが二回点滅した。事前に決めておいた俺とアントルの合図だ。
俺は馬車にアントルがいることを確認すると裏口の門へと近づいて、門を静かに開ける。普通なら裏門には鍵がされているが、アントルが事前に解錠してくれることになっていた。
俺達が裏門を通り抜けて馬車に近づくと客室の扉が開き、中から白い仮面で顔全体を隠した人物が姿を表した。
「っ!?」
計画にはなかった人物の登場に俺は足を止めて警戒する。
「ご無事でなによりです。どうぞ、中へ」
声からアントルだと分かり、警戒を解く。
「なんだ? その仮面は?」
「私の顔も見られるわけにはいかないので、当然の配慮ですよ」
「それはそうかもしれないが……仮面をかぶるならかぶると、事前に教えてくれ。驚いた」
「申し訳ありません。私自身も顔を隠した方が良いと、気付いたのはつい先程のことだったので」
「……なら仕方ないな」
昨日の今日で急ぎでいろいろと準備をしていたのだから、何か一つくらいミスがあってもおかしくはない。それがアントルの顔を隠すことだったのは、幸いなミスだったと思う。そのミスも直前で、修正出来たのだから問題なしだろう。
俺は馬車へと乗り込み、客室の二人がけの椅子にリヒテを寝かせる。リヒテは地下からここまでそれなりに動いてきたというのに、まだ規則正しい寝息を立てていた。
「君も早く乗って。すぐに離れるぞ」
クローセさんを腕を引っ張るようにして客室に乗り込ませると、アントルに指示をして馬車を走らせた。
リヒテが四人乗りの馬車の客室の片方を専有しているため、俺とクローセさんは隣通りで座ることになった。
多少のアクシデントがあったが、全て無事に解決出来そうなことに俺はようやく安堵のため息が付けた。安堵していた俺の左肩に突然、クローセさんがもたれかかってきた。
「っ!?」
驚く俺を他所にクローセさんは目を閉じて、寝息を立てていた。
彼女は姉として妹を守らなくてはという想いからずっと気を張っていて、それがようやく解けたのだろう。緊張が解けた反動か、一気に睡魔が来て、寝てしまったようだ。
俺的には解けた緊張感による眠気よりも、興奮が落ち着いたことで、改めて自覚された体中から響く骨と肉の痛みのせいで涙が出そうだった。