取引
「エーブさんから近づくなって言われるだろ。怒られるぞ」
「いいんだよ。俺達の主人はフレス様で、エーブさんじゃない。フレス様のために動くのが俺等の仕事なんだ。もしものことがあったら、フレス様に怒られるだけじゃすまなくなるぞ」
「それはそうだが……エーブさんに限って、もしもはないだろ」
「問題なかったら引き返すだけだ」
男二人組の会話も聞こえてきたので、俺はクローセさんとリヒテに通路脇へ隠れてもらい、俺自身も二人組みを待ち構えるために身を潜めた。薄暗い通路を歩いてきたのは黒い布で顔を覆った人物達だった。二人はクローセさん達が捕まっていた部屋へ急いでいるためか、周囲に気を配ることなく、隠れている俺達の横を二人は通過していく。
俺は二人が横を通り過ぎたと同時に通路脇から飛び出て、背後から二人へと斬りかかる。聞きたいことがあるため、剣の刃ではなく、側面で殴打した。脇腹と首筋を殴打された二人は小さなうめき声を上げて、壁にぶつかって床へと倒れる。倒れた一人に追撃を行って、確実に気を失わせると残った一人に剣を突き出す。
「大声を出さないでくれ。命を取る気はない」
「……」
黒い布で顔は見えないが、頭の動きで頷いたのは分かった。
「聞きたいことは一つだ。悪魔を呼び出すための儀式の本はどこだ? この地下にあるんだろ」
「言えるわけないだろ。俺が話したと知られたら、フレス様とエーブさんに殺される」
「少なくともエーブについては心配はいらない。俺が殺した」
「なっ!?」
黒い布で顔が見えない男が驚きの声を上げる。
「う、嘘だろ。あの化け物みたいに強いエーブさんを」
「化け物級かどうかは評価する人しだいだが、強かったよ。だが、なんとか勝った。勝ったことを証明するにはエーブの遺体を見せるのが一番だとは思うが、そんな時間はないんだ。儀式の本の場所を教えてくれ」
「エーブさんの件が本当だとしてもフレス様……ケスター家から俺が罪に問われる。どんな目に合わせられるか」
フレスの性格からして楽しみにしていたショーを台無しにされたと分かれば、配下の者達への罰則は相当厳しいものだろう。
「罪に問われるのはフレスだ。今後、儀式の本を証拠としてフレスは訴えられる。強力な悪魔を呼び出す本だ。国家反逆の意思があったのではと疑われても仕方ない。加えて、平民への不当な対応、誘拐、殺人……全てが法に触れている。これらを全て公の場にさらけ出して、フレスの罪を問う。どんな判決になるかは裁判次第だが……少なくともそうなったら、フレスは君に構う余裕はないだろう。君がフレスに仕え続けるのなら、彼の八つ当たりが向けられる可能性は高いから話は別だ。君のフレス、ケスター家への忠誠は高いか」
「金で雇われて、こんな仕事をさせられてんだ。忠誠なんてない」
「なら逃げることを進めよう。逃げるついでに、地下や上の屋敷から金目の物を頂いていくといい。逃げるならお金が必要だからな」
「お前は……何者だ?」
「答えるわけないだろ。何のために仮面をしていると思うんだ。で、どうする? 君が答えないなら君には気絶してもらって、もう一人を起こして聞くことになる」
「……分かった。教えるよ。他に選択肢が無いようだ」
「感謝する」
男から儀式の本の場所を教えてもらった後、悪いとは思ったが、自由にさせておくと仲間を呼ばれる可能性があったので男には気絶してもらった。監視も兼ねて道案内として連れて行く選択肢もあったが、クローセさん達も一緒に行動することになるので、万が一にも彼女達を人質に取られたら、立場が逆転してしまう。そのような最悪なケースは避けたかった。