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外交

 アマンディーヌとの戦いから十日ほど経った。

 俺は帝国へ向けた外交団の馬車の一つに乗っている。

 豪華な作りの馬車内は広く、普段俺が乗っている公爵家の馬車にも引けを取らない作りになっていた。

 六人は楽に乗れる馬車内には俺を含めた三人のみが座っていた。

 俺の対面に座るアマンディーヌは出発時から食べていた山のようなパンケーキをようやく食べ終えて、一息付いているところだ。

 アマンディーヌがパンケーキを食べる光景は後一ヶ月、パンケーキを食べなくてもいいと思えるモノだった。



「待たせてすまなかったな、フォレノワール。校長職の合間に出発準備をしていたんだが、結局直前までバタバタしてしまってな。朝食を食べられなかったんだ」


「いえ、暇な道中の序盤でなかなか面白い光景を見させてもらいました。良い経験でした」


「食事する姿が面白かったと? 変な食べ方をした覚えないぞ」


「丁寧に食べてはいましたが、量が……」


「量? ああ、確かに急遽用意してもらったからな。少なくて驚かせてしまったか」


「少なくないですよ」


「そんなことはないだろ。私が居た隊では少ない量だ」


「近衛騎士団は大食いばかりなんですか?」


「近衛ではない。私が昔に居た隊だ。近衛という意味では皆、少食だな。あの量でよく働けると関心している」


「近衛の皆さんが普通のようで安心しましたよ」



 思い返せば前世の父親である近衛騎士団副団長ダンプ・バルシュネーの食事量は普通だったはずだ。

 近衛騎士団が大食いという噂も聞いたことはないので、アマンディーヌだけが大食いなのだろう。



「今更だが……その者を連れてきたのか」



 アマンディーヌの視線が俺の左側に移動する。そこにはメイド服姿のシュティが目を閉じて行儀よく座っていた。



「校長に色々と脅されましたからね。護衛として来てもらいました。不都合はないはずです」


「不都合などないさ。むしろ心強い。だが、帝国内では普通の使用人を装っておいてくれ。暗殺者を外交の場に入れたとバレれば、王国側に不利益が出る」



 暗殺者という言葉がアマンディーヌの口から出た瞬間、心音が跳ね上がった。



「彼女は暗殺者などでは……」


「分かってるさ。今はただの使用人なのだろう。だが、彼女の素性がバレればそうはいかない。ビーネン一族は有名だからな」



 シュティについてどこまで調べられているだろうか。

 少し探りを入れるべきか悩みながら、隣に座るシュティを見る。シュティ当人は特に慌てる様子もなく、微動だにすらせずに座っていた。



「安心しろ。特に調べたわけではない。状況証拠と経験からの推測だ」


「状況証拠と経験? どういうことですか?」


「私は過去に何度かビーネン一族の者達と戦って、彼らの戦い方を知っている。そこの彼女が先日、見せた動きがビーネン一族のモノと似ていた。その時点では確信は無かったのだが、さらに数日後にビーネン一族に襲われてな。気配の消し方、動き方、攻撃癖など同じだったことから確信したよ」


「動きから……」



 分かるものだろうか。アマンディーヌとシュティは戦ってはいない。ただ一撃。シュティが短剣を投げただけだ。アマンディーヌを襲った連中にしても、自分達の名を名乗ったわけではないだろう。それにも関わらず、ビーネン一族の者だと言い当てるとは驚きだ。

 騎士としての実力だけでなく、知恵も回るとなれば、このアマンディーヌという人物には弱点など無いのではないかと思えてくる。



「全ては私の経験則だ。経験則のみなので証拠はない。だが、言いがかりをするのに証拠は必要ではないからな。外交の場で帝国側の誰かがその子をビーネン一族の者だと指摘してしまえば、それだけで十分だ。帝国側の利益となる」


「動きで分かるというのでしたら、彼女が普通の使用人として動いているだけではバレることはありません」


「そのとおりだ。だからな、フォレノワール。彼女を使って何か探るようなことはするなと言っている。何に気が付いて行動する場合は私に話してからだ」


「何もする気はありません。何かに気付いたとしてもです。そもそも私が気付くようなことならアマンディーヌ校長が気付くでしょう」


「そうとも限らん」



 アマンディーヌはニヤリと笑った。



「今のうちに注意だ。今日の私は士官学校の校長ではない。外務大臣の護衛として近衛騎士団から派遣されている騎士だ。なので、今日に限っては私を校長と呼ばないように」


「では、アマンディーヌ様とお呼びしますね」


「そうしてくれ。私の方は……」


「グリオットと呼び捨てでも構いません。公爵家の爵位は当主である父のモノですから。外交の場で私が名乗るわけにはいきません」



 貴族制度の中で正式に爵位を持っているのは当主だけだ。

 自己紹介で家名を名乗りはするが、俺が爵位を持っていて偉いわけではない。それでも皆が俺、グリオットに平伏するのは父親であるフォレノワール公爵の権威があるからだ。つまり、親のおかげで威張れてるだけにすぎない。

 そんなものは国内では通用しても、外国では通用しない。

 平伏などするわけがなく、外交の駒が一つ増えたと思われるくらいだ。



「フォレノワール公爵か……息子が休戦中とはいえ敵国に行くことをよくぞ了承してくれたものだ。直接、説得でもしたのかな」


「父上とは数ヶ月ほど顔を合わせていません。国内の各地を政務で回っておられます。なので、事情については手紙で伝えて了承を得ました。フォレノワール公爵家の名に恥じない立派な務めを果たせと」



 俺がグリオットの体に転生してから、一度もフォレノワール公爵とは会っていない。俺としては幸いなことではあるが、親と息子としてこれほど長期間、顔を合わせないことはあるのだろうかと疑問に思う。

 これで本当にフォレノワール公爵が政務で忙しいのなら理解は出来る。だが、実情は地方を回っての道楽旅だ。政務も片手間でこなして、面倒事は全て部下に任せていると聞いている。

 フォレノワール公爵は家と息子をどう考えているのだろうか。

 前世においてフォレノワール公爵と会話をした記憶はない。

 国王暗殺未遂の騒動の中で遭遇しているはずなので、何かしら言葉をかわしているはずなのだが。

 思い返される曖昧な記憶の中でも、さらに曖昧な記憶の隅に出来事が追いやられている。その程度の印象しか無かったということだろうか。

 

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