理由1
「な、何故です。私達の要望を聞いてくれる約束では? 無理難題でなければ受け入れるとも言ってましたよね」
「言ったな。その通りだ。無理難題なので受け入れられない」
「制度を元に戻すことが無理なことだと?」
「そうだ。私がこの学校内で貴族生徒と平民生徒の区別を無くす施策を行っているのには当然理由がある」
「聞かせてもらいませんか。その理由」
「いいだろう。当然の権利だ」
俺の要望を無理だと切り捨てるほどの理由はなんだ。
今起きるかもしれない生徒達の命の危機よりも大事なことはないはずだ。
「現在の国軍の状態が良くない。私が居た頃よりも悪化していると見ている」
「アマンディーヌ校長は軍での活躍を認められた結果、近衛騎士団へと編入でしたね」
「国軍は私の古巣というわけだ。近衛騎士団となり、外から軍内部を見たことで軍内部の悪しき慣習を見つけることが出来た」
「軍内部での貴族と平民の差別ですか?」
「すぐにその言葉が出る辺り……フォレノワールは知っていたか?」
「想像が付いただけですよ」
本当は想像ではなく、前世での実体験だ。
「フォレノワールの想像通りだ。貴族の兵士が楽をして、平民の兵士が苦労をする。それが日常となっている。兵士同士はいざ戦になれば互いに命を預け合う仲となる。それなのに差別がある現場では命の預け合いなど出来るはずがない。互いを信用出来ない軍の集まりなど軍とは呼べない。野党の集まりの方がまだ戦力として考えられるだろう。それではいけない。だから、貴族と平民の差別意識が少なくなるように意識改革をしていきたいと思っている。学校内で区別を撤廃しているのはそのためだ」
アマンディーヌの言うことにはスジが通っているように聞こえる。
聞こえるだけだが。
「アマンディーヌ校長。確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「なんだ?」
「この士官学校を卒業後、貴族生徒、平民生徒は共に士官として軍に入隊します。平民生徒は直接指揮を取るような士官として前線等に配属され、貴族生徒のほとんど……九割九分は後方配属です。さらに配属された貴族生徒は一年ほどで軍を止めています。アマンディーヌ校長もこの現状は知っておられると思います」
確認にアマンディーヌは小さく頷いた。
「知っているのであれば、学校内で貴族平民の区別を撤廃し、差別意識を少なくするという施策の効果がほとんど無いことを想像出来るはずです」
アマンディーヌのやりたいことは分かる。差別を無くすというのは俺も同意出来る考えだ。出来るのであれば良いことだろう。だが、それで得られる効果と発生する可能性のある危険とで釣り合いが取れてるとは思えない。
意識改革をやるのであれば、軍に残り続けることが決まっている軍閥出身の家系の貴族に限定して行うべきだ。
全生徒に対して行うことではない。
意見に対してアマンディーヌは考えるように右手を顎に添える。
言うことを言った後でラティウスとトルテはどう考えているだろうと気になり、視線を横に向ける。
ラティウスは話の内容が頭に入ってきてないようで、眉間にシワを寄せて難しい表情をしており、トルテはトルテで話の内容自体には余り興味が無さそうだった。
トルテは卒業後は宮廷魔法使いとして学び始めることになるため、関係がない軍への関心は無いのだろう。
二人からの言葉の援護は期待出来そうにないが、アマンディーヌがした理由に対する反論としては既に十分だ。
「アマンディーヌ校長がおっしゃられた理由では私は納得できません」
「だろうな。私もこの理由を言われても、なんだそれはと思うよ」
「……は?」
突然、アマンディーヌが自分の言ったことを自分で否定したので思考が止まった。
「な、何を?」
動き出した思考で言葉を絞り出す。
「赴任時の挨拶でも言ったが、私の校長としての役職期間は短い。一時的な校長に過ぎない。早くて数カ月、遅くても一年後には上の方で選任された新しい校長が赴任してくるだろう」
新しい校長の選任については情報が入ってきている。かなり難航しているらしいが、アマンディーヌの言う通り一年後までには決まるだろう。
「この短い期間で出来ることはほぼ無い。数カ月、一年で意識改革が出来るようなら、軍は先程説明した状況にはなっていない。仮に今行っている区別を無くす施策を私の任期の限り、続けたとしても新しい校長がすぐに廃止してしまうことは目に見えているしな」
「つまり……ほとんど無駄だと分かっている施策を実施していると。そのために生徒間同士の諍いが起こるかもしれないというのに」
単に暇つぶし、思いつきでの行動だとしたら怒りしか湧いてこないが、アマンディーヌはそんな短絡的な人ではないのは分かっている。
分かっているゆえに何故という疑問がまだ残る。
「本当の理由を知りたいか」
「当然です。変にはぐらかすのは止めていただきたい。この場を作るために私達は苦労したのですから」
「これくらいの意地悪は許せ。私としても先程の戦闘の結果は多少悔しさを感じているのだ。自分自身の不甲斐なさを実感させられたストレスのちょっとした発散だ。このような精神面を含めて私はまだまだ未熟なのだ」
未熟だと自覚している精神による言動に付き合わされるのは今後、可能なら拒否したい。