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要望

 放課後になり、俺達はアマンディーヌの招きで校長室に来ていた。

 来賓用のソファに一列に座る俺達の前には三段のケーキスタンドが人数分置かれており、山盛りのケーキと焼き菓子が盛られていた。



「おい、グリオット。ケーキスタンドだっけか? これって一個が一人分で使われるもんなのか」


「そんなわけないだろ。複数人でケーキなどを分け合うものだ。一人でケーキを食べる時は普通の皿で十分だ」


「私、甘いものは嫌いじゃないけど、この量は見た目と匂いでちょっときついわ……」



 俺とラティウス、トルテが目の前の物体に困惑していると大きな壺かと思うほどのティーポットを持ったアマンディーヌが現れて、俺達の向かい側に座った。アマンディーヌの前にも当然ケーキスタンドが置かれており、中身はぎっしりと甘い物が盛られている。



「これは私からの労い(ねぎらい)だ。遠慮せずに食べてくれ。私が懇意(こんい)にしている菓子屋から取り寄せた品々だ。味は保証する」



 アマンディーヌが進めてくるが、盛られた菓子類の重量感が強く、一口食べてしまえば、全て食べきらねばいけないのかという重圧が腕と胃を重くさせている。



「ひょっとして……甘い物は苦手だったか。若い子は皆、好きだと思っていたが……そうだな。苦手な者もいるか。すまなかった。これらは後で私が全て食べるとしよう」



 何やら勝手に一人で納得したアマンディーヌは全員のケーキスタンドをテーブルから仕事用の机への方へ移動し始めた。



「おい、今、全部食べるとか言わなかったか、校長」


「聞き間違いだろう。あの量は一人で食えるものではない」


「一つのケーキスタンドの量だけでも胃の大きさを超えてるわよ。聞き間違いだわ」



 この瞬間、先程の戦いのどの瞬間よりも俺達は心を通じあわせていた。



「では、改めて。本日の戦いは見事だった。各々の技量はもちろんとして作戦も大変効果的だった。私という人間を今の役職を含めて考えて練られた作戦だ。考えたのはフォレノワールか?」


「そうです。見事だったと自画自賛しています」


「存分にするといい。かなり(いや)らしい作戦だった」


「卑怯だったと?」


「褒めているよ。戦においての相手が嫌がることをするのは当たり前だ。私は姑息な作戦は嫌いだが、卑怯な作戦は嫌いではない」



 正々堂々の戦いを好みそうだと思っていたアマンディーヌから褒め言葉が出てきた。

 相手の弱点を付くような戦いは嫌いと思っていた。



「あんたはああいうは嫌いだと思ってたから意外だな、うっ!」



 アマンディーヌに対してタメ口で疑問を漏らしたラティウスの脇腹にトルテの肘を入った。



「言葉遣い」


「わ、分かってるよ。すいませんでした」


「ふふ、この場は無礼講ということにしておくが、言葉遣いについては日頃から気を付けておくことだ。剣の実力が良いだけでは立派な騎士にはなれないぞ。礼儀作法を正しく出来なければな」


「……努力します」



 ラティウスは騎士として先達であるアマンディーヌに苦手な礼儀について指摘されて困った様子で頭を下げた。



「アマンディーヌ校長。私達の要望についてですが、聞いていただけますね」


「聞こう。ついでに言うなら、それが無理難題でなければ受け入れよう」



 アマンディーヌから確認をとって改めて話を始める。



「校長が実施なされている貴族生徒と平民生徒の学校内での境を無くす施策を止めていただきたい」


「理由を聞こうか」


「校長の耳にも入っているでしょう。貴族生徒と平民生徒の距離が近くなったせいで諍いが頻発していると。今はまだ少人数での喧嘩程度で収まっていますが、いずれ大きな騒動に発展することは明らかです」


「その件について、ほとんどの場合、貴族生徒側からの行動が原因と聞いている。被害者は平民生徒達だ。貴族生徒らが態度を改めれば良い話ではないか。学校としてそのような教育をしていく必要があると思っているからこそ、私は今の施策を行っている」



 アマンディーヌの言ったことは事実だ。諍いの発端は貴族生徒達からの挑発、暴力が原因だ。だからとって教育を受ければ、すぐに改善は出来ない。理由は長年の貴族社会が生み出している平民を見下すのが当然という常識が根幹にあるためだ。この深く根付いてしまっている常識の根を治していくのは長い時間がかかる。

 アマンディーヌのやろうとしていることは正しくはある。

 貴族だからと必要以上に平民に対して高圧的に接するのは良いとはいえず、平民にしても逆に貴族だからと常に謙る必要はない。

 フォレノワール公爵家のグリオットではなく、俺はそう考えている。

 アマンディーヌと考えは一緒とも言えるが、アマンディーヌの施策は強引で早急すぎる。

 何の準備も出来ていない状況で行うには危険が大きすぎる。



「強引だと私は思っています。急激な変化に貴族生徒も平民生徒も対応しきれていません。指導したからといっても表面上はともかく、内面的にはすぐに人は変われません。今まで当たり前だったことが出来なくなるというストレスはどこかに蓄積されて、いずれ爆発するでしょう。その際、誰かの命が失われる可能性がある。それだけは絶対に避けたいのです」


「……ラティウス君とトルテ君も同じ要望かな?」



 ラティウスとトルテは頷き、トルテが口を開いた。



「同じです。平民生徒達は表立って態度には表していませんが、貴族生徒達への反発は今まで以上です。今まではそれなりの距離感で上手くやってきた関係でした。それが急に近づいて、今まで見逃していた、耐えていたことも出来なくなってきています」


「当事者である生徒からの意見だ。事実なのだろう」


「では、貴族生徒と平民生徒の区別を元通りにしていただけますね。講堂での場所、貴族生徒専用食堂の復活、その他元々平民生徒が行っていたことを……」


「元通りにする気はない」



 戦いの結果、認められたことで要望を聞き入れてもらえると考えていただけに、アマンディーヌの言葉にはショックを受けた。

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