賞賛
アマンディーヌの言葉を聞いた瞬間、喜びと共に悔しさが胸の中を渦巻いた。
自分達の腕がアマンディーヌに一手でも届いたのだという喜びとまだもっとやれたのではないか、もう少し続ければより確実な一撃を与えられたのではないか、何よりも俺自身がアマンディーヌを認めさせるに至った一撃を打ち込みたかったという欲で自分の表情が歪になっているのが分かる。
それらの気持ちを肺に残った空気ごと一度吐き出し、新たな空気を肺に取り入れてから剣を握る手から力を抜いた。
少しの間を置いて、観戦していた生徒達から怒号のような歓声が上がる。
平民生徒からも、貴族生徒からもこれほどまでの大声が出るのかと驚くほどの音量だった。
「グリオット様ぁ!」
涙目で笑顔を浮かべながら、ブラウとマチェスが生徒達の壁の中から飛び出してきた。
こちらに向かってくる二人から視線を移動させて、ラティウス、トルテの姿を確認すると二人共無事のようだ。
剣を持って悔しそうにしているラティウスに対して、トルテは心底安堵した表情を浮かべていた。
決め手となった瞬間は砂嵐のせいで見ることは出来なかったが、二人共無事ということは最良の結果を得られたということだ。
アマンディーヌに俺達を認めさせる決め手となった最後の作戦の開始タイミングはトルテに任せていた。
この作戦はトルテが一番の危険な目に合う作戦であったため、トルテの覚悟が決まらなければ実行が出来なかった。
これまで後方からの攻撃、支援に専念していたトルテが前線に出てくることはアマンディーヌにとっても想定外でしかない。
戦場を経験していれば魔法使いは後衛というのが染み付いている。
それでも生き死が掛かっている戦場であれば、アマンディーヌは躊躇なく攻撃をしたはずだ。
だが、ここは戦場ではなく、あくまでも俺達を試す場だ。多少の怪我は許容しても、命を奪うことはまで許容出来ない。
校長という立場であるアマンディーヌなら尚のことだ。
可能性としては大きい割合でアマンディーヌがトルテに対して大怪我をするような攻撃は止める算段だった。
可能性が大きいだけで、絶対ではなかったのが不安点だった。
アマンディーヌが戦いの最中、一切の遠慮なく力を振るう人間であったなら、トルテは最低でも大怪我を負い、攻め手を欠いた俺達は負けるしかなかった。
最後の手はアマンディーヌの人柄、実力。彼女の全てを信頼した上での作戦であり、トルテの自身が大怪我を負っても構わない覚悟に託したモノだった。
結果としてアマンディーヌは剣を止めてくれたことで生まれた隙をラティウスが突くこと出来た。
勢いで飛びついてこようとしていたブラウとマチェスを手で静止して、満足げな表情を浮かべるアマンディーヌに声をかける。
「アマンディーヌ校長。さっそくではありますが、要望を聞いていただけますか」
「いいだろう。聞く価値はある。だが、今すぐは駄目だな。もう次の授業の時間だ。校長として君達には授業を受けさせる義務がある。要望は放課後に聞こう。校長室に来るといい。労いのもてなしを用意しておく」
それだけを言うとアマンディーヌは俺達に背を向けて校舎へと歩いていってしまった。
俺達はほぼ体力を使い果たしているというのにアマンディーヌは元気そうだ。
技量はまだまだ及ばないにしても体力ぐらいは追いつくようにしなくては考える。
「あ、あのグリオット様! お見事でした!!」
手で静止させていたマチェスが褒め言葉をくれた。
「お見事か……。随分と見窄らしい結果だったと私としては反省点ばかりだよ」
「そんなことはありません。今回の戦いはグリオット様が始められたことです。そしてアマンディーヌ校長を認めさせるという結果を得たのですから、大勝利です。グリオット様のお力、お知恵があってこその結果です」
「……そうだな。謙遜するは良くないか。フォレノワール公爵家の子息として元平民を導き、使うことで得た勝利だ。誇るとしよう」
「そうですそうです。本来ならグリオット様が戦う必要すらありませんでした。作戦を元平民達に指示するだけで良かったのです。それなのに元平民達が頼りないからと、グリオット様自ら危険に飛び込んだのですから、この勇気は称えられるべきですよ」
マチェスに続けてブラウがいつもように褒め言葉を述べてくる。
二人からの賛美は過大で気恥ずかしさがあるが、これくらい平然と受け止めて対応出来なければグリオットとしてやってはいけない。
「父上に報告することにしよう。近衛騎士団のアマンディーヌを相手に立ち回り、実力を認めさせたとならば誇らしいことに違いないからな」
「はい、間違いありません。お父上であるキリシュ公爵様もお喜びになるはずです」
「この学校の歴史にも残る偉業ですよ」
「偉業か。では、その偉業の末端を担っていた者達に労いくらいはしてやるか」
ブラウとマチェスをその場に待たせて、ラティウスとトルテの方へと足を進めた。
「不満そうだな、バルシュネー」
納得のいかない顔をしているラティウスに問いかける。
「当たり前だろ。短い期間だが、濃い訓練をしたんだ。もう少しは通用すると思っていた。それなのに結果がコレだ」
「認めさせることは出来た。訓練の成果という意味では十分だ」
「十分じゃねぇよ。最後の一撃はほんの少し剣先が触れた程度だろうよ。俺の手には何の感触も無かった。避けられたと感じたくらいだ」
「おまえの実感はどうでもいい。アマンディーヌ校長が認めたのだ。それが全てだ」
「そうよ。それにアレ以上続けていても、もう作戦はなかったじゃない。校長はもう終わらせるつもりみたいだったし。続けていても実力を出した校長に薙ぎ倒されていただけよ」
ラティウスに対してトルテも説得するように声をかけた。
「それはそうだけどよ……」
「終わったことをグダグダと考えるのは貴族平民という立場の前に男子としてどうかと思うぞ」
「ぐっ……」
痛いところを言ってしまったようでラティウスが歯を食いしばる。
若い頃の自分なので当然なのだが、改めて情緒が若いなと思ってしまう。
「この戦いで一番の活躍は貴様だ。アプフェル。よく決心したな」
「……あんたに評価されても嬉しくないわよ」
「賞賛は素直に受け取るべきだ。私からなら特にだ。どうしても嫌だというなら代わりにパルシュネー。貴様が賞賛してやれ」
「は? 俺がなんで?」
「アプフェルが一番活躍したからだ。作戦通りであったとはいえ、貴様はアプフェルが作った隙を付いたにすぎない」
「……分かってるっての」
「なら、褒めてやれ。アマンディーヌ校長の手元が少しでも狂っていたら、アプフェルは今こうして立っていなかった。そうなる可能性があったというのに行動したのだ」
「だから、分かってるって」
ラティウスは頭をかきながら、トルテと向き合う。
視線を合わせる二人はどこか気恥ずかしそうであり、それを見ている俺も自分自身の姿を見ているようなモノなので恥ずかしさを感じた。
幼馴染として付き合いは長いが、その中できちんと褒めた、褒められたという経験が無いゆえに妙な感覚になっている。
今から告白でもするのかという緊張と沈黙は突如鳴り響いた授業を告げる鐘の音で砕け散った。
周囲の生徒達が授業のため教室へと慌てて走り出す中、ラティウスとトルテもお互いに顔を合わせないまま走り出していた。
俺はというとなんとも言えない気持ちで立っていたところ、ブラウとマチェスに急かされて、ようやく教室へ向かうことが出来た。