評価
アプフェル・トルテ。
他の二人については剣士ということもあって私の評価が厳しめであることは認めるが、この戦いで一番評価が高いのは彼女だ。
彼女の父親とは顔なじみ程度の間柄ではあるが、優秀な宮廷魔法使いであるという話は聞いていた。
優秀な父親の娘である彼女の魔法はどれも素晴らしいモノだった。
精密性、速度、どれも一級品だ。加えて状況を見て、適切に判断する頭もある。
兵士として戦場に出ても、すぐに通用するどころか優秀な戦力となるのは間違いない。
そんな彼女が不可解な行動をした。
土魔法『ソル・クルンペン』。
かなり久しぶりに見た魔法だ。戦場では見ることがない、使えないと言われている代表格の攻撃魔法だ。
使えない理由は様々あるが、一番の理由は発動の遅さだ。他の魔法が呪文を唱えて、すぐ放たれるのに対して『ソル・クルンペン』は唱えた後、周囲の土を集めて形成する時間を取られる。
その時点で接近戦では使えない。遠距離にしても発動が遅いので目標はどこかへ行ってしまう可能性がある。
今の私のようにほとんど動かないのが、分かっていなければ打つことはない。
『ソル・クルンペン』の主に使用されるのは大型魔獣討伐だとは聞いている。
トルテ君が私に『ソル・クルンペン』を放つということは私が大型魔獣みたいな存在だということなのか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、向かってきた土の塊を斬った。
私の左右へ二つに分かれて飛んでいくかと思った土の塊が不意に真上へと打ち上げられた。
『ソル・クルンペン』が放たれた後に軌道を変えられるとは聞いたことがない。
実は可能だったが誰もやらなかったのか、トルテ君の実力だから出来たのか分からないが、私の目線は上空の土の塊に向けられた。
再度、攻撃として上空から落としてくるのかと思った土の塊はフォレノワールの風の攻撃魔法で粉砕された。
粉々に粉砕された土が砂嵐となって、周囲に舞い、私の視界を狭くする。
視界を奪っての奇襲。
よくある手段ではあるし、実力差がある相手には有効打を得られる手段だ。
実力差がありすぎると、あまり効果がない手でもある。
実力がある者なら自身に相手の気配はどこからだろうと感じることは出来る。加えて砂嵐の中で視界が制限されるといっても、相手が動けば砂も動くので逆に分かりやすいまである。
「背後は一番警戒する場所だぞ」
背中に回した剣でフォレノワールの剣を受け止める。
二度目の背中への攻撃だ。背中からの奇襲が好きなのだろうか。
基本的な奇襲箇所であり、効果も高いが、それゆえに読まれやすい箇所だ。
実力者に対して背中への攻撃はフェイント程度としておくのが良いと今度教えてやろう。
フォレノワールの剣を弾いた直後、私の左側で砂が動いた。
連携行動による二段構えの奇襲。
フォレノワールとラティウス君の連携は見事なモノだ。本人達が理解しているか分からないが、二人の息の合い方は一週間や二週間訓練したモノではなく、熟練したモノに感じる。目線を合わせなくてもお互いにどう動くのかを理解し、不足している部分をカバーする動きが出来ている。
公爵貴族であるフォレノワールと元平民と呼ばれているラティウス君の関係は良くはないだろう。互いに嫌悪するのが当然というべき関係性になるのが普通だ。
その二人の息がここまで合うのは、変な魔法にかけられているのかと疑問に思ってしまうくらいには私の中で動揺がある。
見事な連携ではあるが、個々の実力がまだ未熟であるため対処が出来てしまっている。
二人の実力がさらに磨かれていけば、私が負けてしまう存在になる時が来るかも知れない。
それはとても楽しみだ。
私はその時が来るのを心待ちにしながらも今は現状の実力差を教えるために、砂嵐の向こうから現れるラティウス君へと剣を振るった。
「っ!?」
砂嵐の向こうから現れた顔に驚いてしまう。
剣を構えて現れたのはトルテ君だった。
驚くと同時にこれは駄目だっと判断する。
私が振るっている剣の力はラティウス君の実力を想定しての力だ。彼ならばギリギリ防御出来ると想定した速度と力で剣を振っている。
魔法使いであるトルテ君が受けることを想定してはいない。
彼女がある程度の速度で突っ込んでこれたのは補助魔法を自身にかけたからだろう。
速度はラティウス君並でも、近接防御の技術に関してはラティウス君には及ばない。
私の攻撃を彼女は防御することは出来ず、直撃を受けてしまうだろう。
その場合、最悪、死だ。
最善でも骨の数本と体の軸が歪むだろう。日常生活を送るのすら困難になってしまうかもしれない。
戦場であるならば、このような雑念は考えない。
ここが戦場ではなく士官学校で、私の立ち場が校長となっている現状として、この雑念は頭をよぎる。
一度よぎってしまえば、もう腕を止めるしかない。
私とて一線は弁えている。
私を校長にと任命してくださった王族の方々のためにも、生徒に致命傷を負わせるわけにはいかない。
歯を食いしばるほどの力を込め、体勢を崩しつつもなんとか髪の毛一本の隙間を残して剣を止めることが出来た。
思わずホッとした私に対して、トルテ君は額に冷や汗、口元には笑みが浮かべていた。
直後、砂嵐の向こうから私の左胸を狙った剣が突き出されてきた。
「っ!!」
突き出されてきた剣を弾き、全力で後ろへと後退する。
「くっそぉぉ! もうちょっとだったのに!」
悔しそうなラティウス君の声が聞こえ、砂嵐が収まっていく。
収まった砂嵐の後には、剣が弾き飛ばされて無手となり、悔しそうなラティウス君とそんなラティウス君を見て、呆れたような表情を浮かべるトルテ君の姿が見えた。
視線を動かすと、ラティウス君達から少し離れた場所で片膝を付いているフォレノワールの姿を見つけられた。
ラティウス君が飛ばされた剣を取りに動き、フォレノワールが立ち上がり剣を構え直し、トルテ君が一度後退して魔法を詠唱し始める。
まだ彼らは諦めてはいない。
対して私は左胸に手を当て、小さくを息を吐いて表情を緩める。
左胸には確かに剣先で突かれたという感触が残っていた。
「君達を認めよう。良い勝負だった」
剣を収めて、彼らの勝利を告げた。
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