認めさせる戦い
士官学校のグラウンドで俺とラティウス、トルテはアマンディーヌ校長と対峙していた。
周囲には貴族生徒と平民生徒達が円を描くように集まり、俺達を見守っている。
今日はアマンディーヌ校長に俺達の意見を聞いてもらうための勝負の日だ。
可能ならアマンディーヌ校長対策としての訓練を三人でもっとやっておきたい気持ちはあったが、悠長にしていられる時間もあまりなかった。
いつ貴族生徒と平民生徒の間で事件が発生するか分からないからだ。
なので、訓練を開始した早い段階でアマンディーヌ校長に勝負について相談し、日程を決め、この日に向けて訓練を行ってきた。
「君達三人が私の前に並んでいる姿は違和感があるな」
「クラスメイトですよ。そこまでおかしいでしょうか?」
「そのセリフがフォレノワール家の君から出ることが既におかしいと私は思う」
「いくら私でも建前は大事にしますよ。そして必要であるなら誰であろうと利用します。今回、利用出来る相手がこいつらしかいなかったのは私としても思うところはあります」
「なんだとぉ!? 不満があるのは俺の方だって一緒だ!」
「あんたは黙ってなさいな」
俺に掴みかかって来そうだったラティウスをトルテが抑え込んでいた。
「事情があったとしてもだ。貴族主義傾倒するフォレノワール家らしくはない」
「今のお言葉は我が家に対する侮辱と受け取りますよ」
「失礼。言葉がすぎた。謝罪しよう」
アマンディーヌの言葉が俺を探るようにトゲトゲしい。何かを狙っているのだろうか。
俺の心を揺さぶる盤外戦術を使うような人ではないだろうし、訳が分からない。
単純に王族派である自身の立ち場から貴族派へ対する牽制なのだろうか。
「では、さっそく始めようではないか。時間をかけるのは周囲にいる生徒達に申し訳がない。彼らには彼らの学ぶ時間がある。それを奪うのは教育者として避けなくてはな」
「始める前に確認です。この勝負、私達の実力があなたを満足させるものであったなら、私達の意見を聞いてくださますね」
「何もしようとせず、不平不満を喚くだけの声など聞く気はないが、意志を持ち、やりとげようとする資格がある者の意見ならば聞く。それだけだ」
「私達は剣も魔法も使わせていただきます。構いませんね」
「構わないさ。持てる力の全力を出したまえ。相対する私は剣のみで相手しよう。魔法は不得意なのでね」
達成すべき目標を確認すると、ラティウスとトルテに視線を送り、準備が出来ているかを確認する。
俺と視線があったラティウスは不満そうな表情を浮かべていたが、体勢は剣を手にかけて戦闘準備に入っていた。トルテも同様に俺とラティウスよりも後方に移動して、すぐにでも魔法を放てるようにしていた。
「先手は君達だ。君達のタイミングで仕掛けてきたまえ」
「では、遠慮なく」
俺は剣を抜いても構えることなく、剣先を下に向ける。
俺達三人の中で誰が最初に仕掛けるのかの声掛けはしない。
最初に動くのはこれまでの訓練で決まっていた。
「っ!」
息を吐き、力を抜いてすぐに動く。
予備動作のない直立体勢からの大駆け。たった数歩でアマンディーヌとの距離を詰めて、全力で剣を右下から上と斬り上げる。
当然の如く、アマンディーヌには避けられる。
アマンディーヌが避けようと後ろへと体をずらすことを見切った上で剣を動かしたはずだが、剣先はアマンディーヌの体を掠めることはなかった。
斬り上げた剣を振り下ろしての追撃はアマンディーヌに剣の握り手を片手で掴まれて止められた。
片手で俺の全力の振り下ろしを止めながら、アマンディーヌが笑顔を浮かべているのが見えた。
「一番手がフォレノワール家とは意外だったよ」
「なら、もう少しは意外そうな顔をしてくれませんか!」
全体重を改めて乗せてアマンディーヌをその場に抑えつけようとするとアマンディーヌも対抗して力を込めてくる。
アマンディーヌには癖がある。
真っ向から対抗してくるという癖だ。
実力差は明確であるので真っ向から対抗してもアマンディーヌは負けることはない。
腕力でも、剣技でも。
そうでなくては相手に対して失礼という彼女なりの騎士道なのかもしれないが、それゆえに相対している人間以外への注意が薄れる。
視界の端に影が映った。
俺がアマンディーヌの動きを止めた一瞬で後方から補助魔法込みの自身の最高速で突っ込んできたラティウスだ。
ラティウスは俺の脇下の隙間を縫うように突きを放つ。
俺の体を利用した死角からの一突き。
これで決まってくれという攻撃をアマンディーヌは持ち上げた剣で受け止めていた。
「くっ、うぉぉぉぉ!!」
アマンディーヌに剣の中心部分で突きを止められたラティウスは引くことはせずに、そのまま力を前へと込める。
「さすがに押されるか」
俺とラティウス二人がかりの力押しでアマンディーヌはやっと後ろに一歩下がった。
ここまでしてアマンディーヌの体勢を崩すことで出来た隙にトルテの放った水魔法『アクア・バレット』。複数の水の弾丸が襲いかかる。
どれも受ければ骨を砕く威力。
トルテには下手に手加減はしないようにと念押ししてある。トルテもアマンディーヌの実力は分かっているため、速度、威力共に複数弾、操作出来る最上限にしているはずだ。
『アクア・バレット』の迎撃に手を動かせば、俺とラティウスがその隙に追撃してくることをアマンディーヌは分かっている。
アマンディーヌの対応として最善は大きく後ろへと回避することだ。
俺達と距離を取れば、『アクア・バレット』が追尾してきたとしても叩き落とすことが出来る。十分な距離を取れれば俺達が追撃する間に体勢を整えることが出来る。
その最善を取らせることが俺達の目的だ。
回避をするしかないという選択を取ったということは俺達の攻撃が脅威であると認めることになる。実力が認められたということだ。
実力を認めた後も勝負自体は終わらないだろうが、一定の評価は確約される。
それで十分だ。
「はあぁぁぁっ!」
「うおおぉぉぉっ!!」
俺とラティウスはアマンディーヌをその場に押し留めようと声を吐き出して力をさらに込める。
回避が出来ずに『アクア・バレット』が当たるという展開でも構わないのだ。
より俺達にとって好都合となる。
「これまでの生徒よりはマシではあるが……まだ甘い」
アマンディーヌは回避を選択しなかった。
俺が認識出来たのはラティウスの突きを受け止めていた剣を斜めにして、突きを受け流すと前に流れてきたラティウスの剣の握り手を掴んだ瞬間までだ。
そこからは世界の上下が反転した。
足元から地面が無くなり、宙に放り出された感覚になったと思った次の瞬間、右腕と左足に衝撃と痛みが走った。
手足の痛みに歯を食いしばると今度は全身に衝撃が来た。
鈍い痛みが全身を駆け巡る中、必死に意識を集中させて両手両足を動かす。
顔を上げて辺りを見渡すと自分が地面に倒れていることに気付く。視界の先のラティウスも同じような状態だ。
俺とラティウスはそれぞれアマンディーヌを中心にして反対方向に倒れていた。
アマンディーヌは先程から一歩もその場を動いている様子はない。
何が起こったのか。
視界内に映る周囲で観戦していた生徒達も唖然としていて状況を理解出来ていないようだ。
当人である俺は右腕と左足から感じる熱い点のような痛みと地面が倒れている状況からナニヲサレタか想像は付いた。
実際にそれが成されたとは信じたくはないが、アマンディーヌは俺とラティウスをそれぞれ片手で振り回して、『アクア・バレット』の盾としたのだろう。
本来、腕や足の骨を砕く威力があった『アクア・バレット』が当たっても、腕も足も折れていないのはトルテが当たる直前で威力を落としてくれたのだと思う。
咄嗟のことで無力化までは出来なかったようだが、戦闘不能な怪我を負う威力から軽減してくれただけで十分だ。
『アクア・バレット』を迎撃した後は用済みとなった俺とラティウスを左右に放り投げて、現在の状況というわけだ。
補助魔法を使わず、瞬間的とはいえ、決して軽くはない男子生徒二人を片手で振り回す腕力を持つとはもはや人間ではない。