アマンディーヌという人
妙な気配を感じて目を覚まし、私、アマンディーヌは自然と剣に手を伸ばす。
室内に置かれた時計の時間は確認出来ないが、室内の暗さと睡眠の感覚からまだ深夜の時間帯だと判断した。
ゆっくりと立ち上がり、士官学校の校長となって与えられた屋敷の寝室に視線を巡らせた。
殺気は感じないが、視線と妙な存在の気配だ。野生の猛獣とも魔物とも違う。
今まで感じたことがない気配だ。
「何者だ? 言葉が通じる存在か? 出来るならば姿を見せてほしいな」
より詳細に気配を探ると、気配の主は部屋の外、廊下側ではなく、屋敷の外にいるようだ。
このままじっとしていては気配の主は姿を表さないだろう。
ならばと決めた行動は我ながらに早い。
私の部屋は三階にあるが、躊躇することなく窓を蹴破り、勢いよく飛び出す。
街灯の光が届いていない暗闇の中、私は剣を振り上げ、気配だけを頼りに斬りつけた。
「斬った感覚はない……。だが、気配は消えた」
地面に着地して、今しがた斬った空間に目を向ける。
暗闇しか見えないが、確かにあそこには何かが居た。
「私の剣をかわす存在か。人でなければ、噂に聞く悪魔かもしれないな。今まで遭遇することはなかったが、今後は相対する機会があるか」
普通、深夜に不気味な気配を感じれば恐怖を抱くが、私は高揚を抱いていた。
人や猛獣、魔物とは沢山戦ってきた。
それ以上のモノと戦いたいと常々思っていたところだ。
相手がまだ戦ったことがない悪魔であれば興奮しないわけにはいかない。
近衛騎士団の仲間からは性格が好戦的すぎると窘められることは多々あったが、こればかりは生来の資質なので治らないし、治すつもりもない。
物心が付いた頃から強い者と戦いたい、さらに強くなりたいという渇望が私の中にあった。
その渇望を満たすために剣を握り、振るい、戦い続けてきた。
何時になったらこの渇望が満たせるのか。死ぬその最後の瞬間まで私の渇望が満たされることはないのかもしれない。
私が窓を蹴破り、部屋を飛び出たことで、音を聞いた屋敷の使用人達が騒ぎ始めた。
「彼らの安眠を妨害してしまったか。これは謝らなければいけないな」
どのような言い訳をすべきかと考えを巡らせていると、新しく気配を感じた。
今度は強い突き刺すような殺気を四方から感じる。
「使用人諸君! 騒がせてすまない。音の原因は私だ。少々寝相が悪くてな。寝室から落ちてしまったよ。怪我はしてないから気にしないでくれたまえ。部屋には自分で戻る。だから、君達は気にせず、また寝ていてくれ」
屋敷の中にいる使用人達に聞こえるように大声を出す。
これで彼らが屋敷から出てこない。
元々、仕事として屋敷に務めている彼らは私が不要だといえば、余計なことはしないだろう。
「どのような運命の組み合わせかは分からないが、外に飛び出したおかげで屋敷の使用人達が被害を受ける心配はないな」
このことについて本当に安心している。私自身は戦いが好きだが、そうではない人達が戦いに巻き込まれるのは嫌いだ。
戦いは戦いが好きな者同士がすればいい。なので、私は私を襲ってくる者達を歓迎する。
そう普段は歓迎するのだが、今だけは不憫だと思う。
未知の気配を感じ取り、剣を取った私の高ぶりはまだ静まりきっていない。手加減は出来ないだろう。
ああ、私の襲撃者達は私の本気を目にして最後まで戦いを諦めないでくれるだろうか。
今この一瞬、わずかなにある冷静な思考でそのことだけを祈ろう。