不気味?
「確かに……別人かって思うくらいには強くなっていた。休みの間に特訓でもしたんじゃないのか?」
「あんたに負けて悔しくて? それはありそうだけど」
「? 他に何があるんだよ。強くなるには特訓しかないだろ」
「……それしかないわよね。そもそもとして私達はグリオットのことをよく知らないし。第一印象が最悪だったから、それが継続してるだけといえばだけだしね」
トルテが何に悩んでいるのか、いまいち分からない。
昔から考えすぎな面がある奴ではある。
どうせ俺が一緒に考えても分からないことなので、トルテの考えがまとまってから教えてもらえばいいだろう。
「グリオットの屋敷、デカかったよな。あれで別荘的な屋敷だっていうから公爵家はすげぇぜ」
「フォレノワール家は歴史ある国内随一の貴族よ。影響力は国王様でも無視出来ないって言われてる。まあ、その現当主は各地方で遊びまくっているみたいだから、言われてるほどの力はもう無いのかも知れないけどね」
「なんか詳しいな」
「お父さんの仕事場の手伝いをしていると世間話が聞こえてくるのよ」
「世間話って……。おじさんの職場ってことは周囲にいるの宮廷魔法使い達だろ。あの人達、そんな話してるのか? もっと魔法の技術がどうたらとか難しい話をずっとしてるのかと」
俺の中で式典などで常に難しい顔をしていた宮廷魔法使いの人達の印象が揺らぐ。超真面目な人達の集団かと思っていた。
「気楽な話もしてるわよ。難しい話ばかりだと考えが固くなるんですって。だから、他愛ない話をして頭を休めて柔らかくしてるって言ってたわ。お父さんの同僚さんからお父さんの若い頃の話とか聞くの大好きだし」
「おじさん、そういう話、娘に聞いてほしくないだろ」
「見つかったら止めようとしてくるから、こっそり聞かせてもらってるわ」
「仲が良いことで」
トルテの父親であるシュネバールさんはとても娘想いの人だ。宮廷魔法使いとして忙しいはずなのに、トルテが自分と同じ宮廷魔法使いになることを全身全霊で支援している。一学生が宮廷魔法使いの仕事場で手伝いをするなど、トルテがいかに天才であったとしてもありえない。トルテに少しでも多く経験を積ませたいとシュネバールさんが交渉したからだろう。
気さくで話しやすく、シュネバールさんには俺も小さい頃からよくしてもらっている。
父さんが騎士の仕事で忙しい時はトルテと一緒に遊びに連れて行ってもらったこともある。
「あんたはもうちょっとダンプおじさんと話をしなさいよ。私がダンプおじさんにあんたの様子を聞かれるのよ」
「父さんがわざわざ俺のことを?」
「わざわざ宮廷魔法使いの仕事場まで来てね」
「そうなのか……」
父さんと仲が悪いわけではない。相談したことには助言をしてくれるし、休日が重なる時は剣の修業に付き合ってくれたりもする。
だが、寡黙で騎士の仕事を第一としているため、家族として寂しいと感じる時はあった。
贅沢な悩みだと分かってはいるのだが、近くでトルテ達親子が楽しげにしているのを見ていると、どうしてもふと感じてしまう時がある。
そんな一方的に寂しく思っていたのに、父さんが知らないところで俺を気にかけてくれていることが非常に嬉しくて頬が緩む。
「嬉しそうに笑ってる」
トルテが何故か嬉しそうに言ってきた。
言われた俺は顔が赤くなるのを感じて、数度両頬を叩いて気を取り直す。
「は、話は少し戻るけどよ。グリオットが変わったって話だ。出会った頃のあいつだったら絶対に何があっても協力しようなんて言ってこなかっただろうなって確信はある」
「急に戻るわね。まあ、いいけど……。あんたの言う通り、アマンディーヌ校長の件は公爵家の権力でどうにかしようとしたでしょうね。結果的に無理だとしても。正面からは敵わないのは分かってるから、どんな手を使ってでも自分達の利益を得ようとしたはずだわ。私達の手なんて借りずにね」
「そのはずなのに協力しようと言ってきて、今、協力している状態はよくよく考えると不気味だな」
ふいに背筋が冷えたのは夕暮れに吹いた風の冷たさのせいか、感じてしまった不気味さのせいか分からない。