協力
「あなた様が嘘を言っていないことは分かります。それでも話して頂いた内容は信じられない内容です。これは気持ちの問題ですね。繰り返しになりますが、話の内容について信じるかどうかは時間を置かせていただきます。本来ならば事情が明確になるまで、どこかで謹慎していただくのが道理であり、私の役目なのでしょう」
「本来なら?」
「あなた様は私に対して、誠実に全てを話してくださった。話をせずにグリオット様としての権力を振るって、私を強引に追放することも出来たはずです。なのに、それをしなかった」
「アントルを追放なんて、考える余裕はなかっただけだ。そこまで頭が回っていなかった」
「あなた様に少しでも邪な心があったのなら、考えついたと思いますよ。自分優先な人は殆どそういう考え方をしますから。私の経験上ではありますが」
アントルは静かに立ち上がると深く頭を下げた。
「誠実には誠実でお返事するのが、私の信条でございます。人助けという人道として正しいことをなさるというのなら、このフォレノワール家執事、アントル・バーンクーン。お力をお貸ししましょう」
アントルの言葉に思わず、椅子から立ち上がる。
「力を貸してくれるのか!? 俺はグリオットではないんだぞ」
「信じるかどうかは、時間を置かせていただくと申しました。ならば、それまでの間、あなた様は私にとってグリオット様のままでございます。グリオット様が行うことを手伝うのが執事の仕事です」
「……なかなか厳しい解釈じゃないのか、今のは」
「では、私の助力が不要でしょうか?」
「いいや、ぜひ、借りたい!」
俺は駆け寄って、アントルの両手を握って握手をする。
「ありがとうっ!」
心の底から感謝の言葉が出る。
グリオットとして過ごすことになって、何もかもが不安な毎日だったが、今、この瞬間に最高の協力者を得られたことでようやく俺の心に安心が芽生えた。
「それではさっそくですが、助けたいという女性のお話を詳しくお聞かせ願えますか」
「もちろんだ。知恵を貸してくれ」
アントルにクローセさんのこと、そしてフレス達が行っていることを話した。
「一部貴族達の間で、平民の人々を虐げている遊びをしていると、噂で聞いたことはありましたが……ケスター伯爵家ともあろう名門がそのような蛮行を」
「蛮行だ。止めなくてはいけない。屋敷に侵入してクローセさんを助け出し、奴らが平民を誘拐して、見世物として殺している証拠を掴み、薄暗い地下から白日の元へ晒す」
「屋敷へ侵入する方法はお考えで?」
「警備が薄いところの壁を登って侵入しようと考えている」
「別荘ですからな。警備はケスター本家よりは緩いでしょう。とはいえ、地下で行われていることは大変危ない事柄です。巡回の警備はいるでしょう。警備の数などはお調べで?」
「い、いや、そこまでは……なにせ一人だったし。さっき侵入することを決めたばかりだったし」
「その場の勢い任せですな」
アントルにため息を付かれてしまった。
「現状、準備不足だということは認識しました。そして時間が無いことも」
「期限は明日中。明後日は待てない。明日中に解決しなくてはいけない」
「本来であれば地道に証拠を集めるのが、正しいのですが……仕方ありませんな。グリオット様、侵入は深夜の予定ですな」
「さすがに昼間から侵入は出来ないだろ。屋敷内でも、地下でも人が動いているだろうからな」
「承知しました。明日、日中に必要な物は出来る限り、私の方で準備いたしましょう」
「助かる。俺に出来ることがあれば言ってくれ」
「グリオット様は普段通り、学校へ行ってください」
「学校に? 時間が無いのに?」
「グリオット様、お一人が増えても、準備の時間短縮にはなりません」
「っ!? アントル、なんだが態度がキツくなってないか」
「そんなことはございません。時間がもったいないので、率直な意見を申しているだけでございます。それにグリオット様が学校に行かれることは意味があります」
「学校でフレスから情報を何か聞き出すのか?」
「それはしない方がいいでしょうな。下手すれば警戒されてしまいます。今のグリオット様は話が上手ではない様子ですから」
「やはり言い方が厳しくなってるぞ」
「……普段通り過ごすことで相手に対して警戒されないことが大事なのです。昨日の今日でグリオット様が学校をお休みになったら、何かがあったのではと思われてしまいます」
俺の意見を無視してアントルが言葉を続ける。
「相手に何も思われないというのが大事です。よろしいですね」
「……分かったよ。道具の準備は任せる。具体的な作戦とかはどうする?」
「それも私の方で考えておきましょう。人数もいない上に、時間がないので場当たり的な作戦にはどうしてもなってしまうでしょうが」
「なんか……急に全部頼りきってしまって、すまないな」
「頼っていただいて問題ありません。私はグリオット様の執事ですから……今のところは」
「今のところは……か。なるべくその期間が長く続くように祈るしかないな」