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地下施設



 お茶会が終わり、俺はフレス達に連れられて屋敷の地下道を歩いていた。フレス達が先導し、最後尾をエーブが歩いている。エーブの終始張り付いたような笑顔が不気味で、逃げられないようにと連行されている気分になる。


 

「歩きにくい道で、すまないね」


「古い作りのようですが、いつ頃作られた地下道なんですか?」


「すまないが分からない。ただ少なくとも私の曽祖父も使っていたと聞いているから百年は経っているんじゃないかな」



 フレスの声が反響する地下道をしばらく歩いていると広く開けた場所に出た。



「っ!? これは……闘技場?」



 俺の目の前に広がっていたのは半円状の地下空間に作られた闘技場だった。

 至るところに照明用のランタンが飾られていて、地下だというのにとても明るさがある。


 俺達は闘技場の観客席らしき場所におり、土が敷き詰められた闘技者達が戦う場所からは数段上の位置にいた。

 闘技場の広さは士官学校の訓練塔よりもやや広い。

 地下にこれほどの空間があるのが信じられなかった。

 信じられないという感想を抱いた瞬間、昔同じような感想を抱いたことを思い出す。


 そう、俺はここに来たことがある。クローセさん達を救うために。

 疑問が確信に変わったことで思わず、俺はフレスを睨みつけてしまうが、次の瞬間、エーブが背後に立った。



「どうかしましたか? グリオット様」


「ち、地下にこれほど大きな物があることに驚いたんだよ」


「そうですか。フレス様に敵意のようなものを向けられていたのかと思いましたが」


「それは公爵家でも持っていない施設なので、つい嫉妬してしまったのだよ。失礼した」


「……なるほど。確かにこれほど便利な施設、他の貴族は所有してはいないでしょうね」


「グリオット君、エーブと何を話しているんだ。こっちへ来たまえ」


「今、行きますよ」



 フレスに呼ばれて俺は逃げるように早足でエーブから離れた。

 油断が出来ない。


 もし、この場で俺がフレスに対して何かしようとすれば、公爵家という立場があろうともエーブは俺に対して平然と剣を抜くだろうという確信を感じた。

 そのくらいには何かきっかけがあれば剣を抜きたいという衝動がエーブから滲み出している。



「ここは見ての通りの闘技場だ。もちろん正規のじゃない。先程、話に上がった曽祖父の時代は貴族同士が所有していた奴隷を戦わせて賭けをしていたらしい。当時でも違法だったようだ。それから時代が進んで奴隷が、段々といなくなって需要が無くなり、ここも使われなくなった。私の父は施設の存在自体は知っていたが、使ったことはなかったようだね。おかげで手入れに費用がかかったよ」


「わざわざ使えるようにしたというのですか? 何のために? 奴隷はもういませんよ」


「奴隷はいないね。でも、平民がいる。我々、貴族からすれば奴隷も平民も同じだよ。日々、我々のために働く道具なんだからね」


「では、平民同士を戦わせているのですか。賭けの対象として」


「それもできればやろうとはしたんだけどね。私がまだケスター家の全権を手に入れてないものあって、色々と準備が出来なかったんだよ。父が隠居してくれたら、すぐにでも行おうとは思っているけどさ」


「ではここでは何を?」


「平民から協力者を募って、ショーをしている。平民同士で戦わせたりもするし、魔物と戦わせたりもするし、エーブと戦ってもらうこともある。最近はエーブと戦ってもらうのが多いかな。平民同士だとなかなか戦わないし、魔物だと一瞬で結果が出てしまう。見世物としてはエーブと戦ってもらうのが一番楽しいんだよ。エーブは手加減を知ってるし、私達が見たいモノを見せてくれるからね」



 この闘技場ではエーブと平民、つまりは剣を持ったことがないような人達が戦っている。

 どのような結果になるかは明らかだ。

 王国でも指折りの剣の実力がエーブにあるというのなら万に一つでも素人が勝つことはない。



「平民から協力者と言っていましたが、どのように募集を? 募集するのにお金がかかるでしょう」


「お金なんてかからないよ。平民は皆、私達、貴族のために喜んで参加してくれているんだ。だろ?」


 

 フレスが同意を求めると、取り巻きの貴族グループが笑みを浮かべながら頷く。



「なるほど……合意の元、来てもらっているんですね」


「そうだ。合意の元だね」



 平民を道具と言い切ったフレスが同意など取るはずがなく、間違いなく誘拐してきているのだろう。



「勝負の決着がついた後、平民達は?」


「全ては話してはつまらなくなる。その辺りは実際に見た方が良い。スカッとすること間違いないよ」



 スカッとするはずがない。

 この場の淀んだ空気と匂いで分かる。ここで行われているのは殺戮だ。

 フレス達はエーブと必死に戦う平民達を見て、楽しんでいるのだ。戦いも見世物と言っていたので一瞬勝負がつくようなことはなく、少しずつ痛みつけるようにして戦っていることは想像しやすい。


 エーブから臭っている血の匂いはここでの惨劇の結果だ。

 毎日のように惨劇を繰り返しているとすれば、身体に染み付いているのも納得しかない。



「今日はこの後、何か行われるのですか?」


「それがね。昨日、エーブが張り切りすぎたせいで、平民達がいなくなってしまったんだ。さすがに昨日、今日では集まらなくてね。残念だよ、出来るならこの後、グリオット君には実際に見てもらおうと考えていたんだが……ん?」



 闘技場の奥の方から黒い布で顔を覆った人物が現れて、腰を低くしたまま、俺達に近寄ってきた。近寄ってきた人物は進み出たエーブに耳打ちして紙を手渡すと、すぐに奥へと戻っていった。



「どうかしたか、エーブ」


「フレス様、儀式用の平民が用意出来たとのことです」



 儀式用の平民と聞いて、俺は奥歯を食いしばる。

 間違いなくクローセさん達のことだ。二人が誘拐される前に事態を解決したかったが、間に合わなかった。


 だが、俺がこの場にいることは幸いだ。まだ二人を救い出せるチャンスを見つけることが出来る。



「用意できたのか。すぐには難しいかと思っていたが、早かったな。条件は合っているのだろう」


「ご要望通り。血の繋がりがある若い女が二人です」


「よしよし。グリオット君、君は運がいいよ。実は近々、これまでとは違ったショーをやろうとしているんだ」



 機嫌が良くなっているフレスは手を叩いたり、軽快に足踏みをし始める。かなり興奮しているようだ。



「先ほど儀式用と聞こえましたが」


「よく聞いていたね。その通り、儀式だ。エーブ、本はどこだったかな」


「屋敷内に。明日までにはこちらへ運んでおきます」


「丁寧に運ぶんだぞ」


「どのようなショーを行う予定なのですか?」


「グリオット君は悪魔を知っているかな」


「魔物とは比べ物にならない力を持つ怪物だと聞いたことがあります」


「そうだ。私から少し補足すると悪魔にも階級があり、高い階級の悪魔は一体で国すら滅ぼせるらしい。実は私の手元には悪魔を呼び出せる儀式の本があるんだ」


「っ!? そんなものをどうやって手に?」


「懇意にしている古美術商から流れてきたんだよ。古美術商もどこで手に入れたのか、忘れていたようだがね」


「その本は本物なのですか?」


「さて、それは実際に儀式をしてみないと分からない。だから試してみようと思ったんだ」


「危険ではないですか。悪魔を呼び出して、もしもフレス先輩に害があったら」


「安心していい。悪魔は召喚した者に従順すると本に書いてあった。本当に悪魔を呼び出せたのなら、私は国すら滅ぼせるかもしれない力を手に入れることにある。そうなったら全てが思いのままだろう。仮に儀式の本が偽物だったとしてもだ。こういうのは準備期間が楽しかったりするからね。どちらでも問題はないさ。変わらないのは平民が二人、生贄になるってことくらいだ」



 それが一番の問題なんだよっと声に出したいのを耐える。



「グリオット君も儀式を見に来てくれよ。悪魔が召喚出来たら、悪魔の力を貸してあげてもいい。同好の友人だからね」


「……それはとても心強いお言葉です、フレス先輩。いつ儀式をする予定でしょうか」


「予定はそうだな。あまり待つのは我慢できないが、準備もいるし……明後日にしよう。皆もいいな」



 もはや周囲の取り巻きは頷く人形のように同じ動作しかしていない。

 儀式の予定は明後日と聞いて、わずかにでも期間に余裕が出来たことに安堵する。


 明日中にクローセさん達を救い出し、フレス達が行っている違法なショーの証拠を見つけ出せれば全てが解決する。


 出来るかどうか不安はあるが、やらなくてはいけない。このまま明後日を待てばクローセさんが俺の知っている歴史通りに亡くなってしまう。



「グリオット君は明後日の予定はどうかな?」


「喜んで参加させていただきます」


「良かった! とても嬉しいよ」



 興奮するフレスに合わせて俺は笑みを浮かべながら、どうやってクローセさん達を救い出そうか思考し続けた。


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