別荘
俺はフレスに呼ばれて、ケスター伯爵家別荘の門を通り抜ける。
ブラウとマチェスも一緒に来たがっていたが、危険な目に合う可能性があると考えて二人には我慢してもらった。
別荘への誘いを受けてから、俺はクローセさん達姉妹が誘拐された事件について何か思い出せないかと頑張ったが、明確なことは何も思い出せなかった。
事件当時は一秒でも早く二人を助けなくてはと必死だったという記憶が強い。誘拐犯である貴族の家に乗り込んだのも何か確定的な証拠があって乗り込んだわけではなく、怪しいことをしている貴族がいるから潜入してみようという動きだったはずだ。間違っていた場合は別の貴族の屋敷に潜入していたと思う。
フレス・ケスターという名前についても記憶に引っかかりを感じない。
そもそも犯人の名前をロクに聞いていなかった可能性があった。二人を助けたいと気持ちが先走っていたのだろうが、今からすると事の詳細を少しは聞いていて欲しかった。
ケスター家の従者に案内されて門から屋敷まで花壇で彩られた道を歩いていくと、玄関先でフレスが待っているのが見えた。
「よく来てくれた。歓迎するよ、グリオット君」
「こちらこそ呼んでいただきありがとうございます。フレス先輩」
挨拶と共に握手を交わすとフレスが屋敷内へと招いてくれた。屋敷内からは従者は後ろを歩き、フレスが先を歩きながら屋敷について説明をいろいろとしてくる。
元々は別の貴族の持ち物だったとか、デザインが気に入っているとかの話を聞き流しつつ、俺はどこかに見た記憶の場所はないかと視線を動かしていた。
彫刻や壁紙の絵柄など何でもよい。この屋敷が誘拐された人達が連れて来られた場所ならば間違いなく俺は助けに来ているので見覚えのある箇所は存在する。
しかし、フレスに案内されて庭先のテラスに到着するまで見覚えのある箇所はなかった。
フレス・ケスターは誘拐犯とは違うのかと焦りが生まれてきた。
ほぼ間違いないという考えで今日、ケスター家の別荘に来ているというのに、これで違っていた場合、かなりの時間的な浪費をしてしまっていることになる。
「急に立ち止まってどうかしたのかな?」
考え込んで足を止めていた俺にフレスが疑問の声をかけてきた。
「いえ、色々と素晴らしい物を見せていただいたので、どれか一つだけでも私の屋敷に取り入れられる物はないかと考えていました」
「ははっ、公爵家の方から参考にされるとは光栄だね」
「爵位関係なく、素晴らしい物は素晴らしいですよ。その家の特色のようなものが出ますからね。ケスター家、いえ、フレス先輩の特色が私の感性と合っているのかもしれませんね」
「嬉しいね。感性、そして趣味が合っているということは長く良い友人関係を続けていくのに重要な要素だ。思っていた通り、グリオット君とは家を抜きにしても仲良くなれそうだ」
「同感です、フレス先輩」
テラスには大きめなテーブルが置いてあり、既に先日見た貴族グループのメンバーが座っていた。
「っ!?」
テラスにいたメンバーで唯一立っていた男性に視線が止まる。
見た目の年齢は座っている貴族の子供達より一回りは上だ。腰に剣を差しており、顔の切り傷や雰囲気から実践を経験してる騎士のようだ。
しかし、見た目以上に俺が視線を彼に止めた理由があった。
匂いがした。
記憶の中、戦場で嫌になるほど嗅いでいる血の匂いだ。
なぜ、あの騎士から血の匂いがするのか。
俺が士官学校に入学していた、この時期は国内外で内乱も、外での大きな戦争も起こっていない。
治安維持などで剣を抜いた可能性もあるが、それにしては血の匂いが濃い。
「どうかしたかい?」
「あの騎士の方はどなたでしょうか?」
「彼かい? 私の剣の師で、護衛役でもある元騎士だ。エーブ、自己紹介を」
フレスに呼ばれて笑顔を浮かべた男性騎士がゆっくりと近づいてくる。動く様は礼儀正しく、立派な騎士らしく見える。
「お初にお目にかかります。エーブ・ルフランシュと申します。フレス様の剣の指南をさせていただいております」
「私はグリオット・フォレノワール。本日はフレス先輩に呼ばれてまいりました」
「お話は聞いております。実は式典などでお父上であるキリシュ様とお会いしたことがあります」
「父上と? 父上が参加されるような式典におられたとは……さぞな名を上げている騎士なのでしょう。申し訳ありません。私の方で名前を存じていなくて」
「いえいえ、偶然、参列していただけなので」
「謙遜するな、エーブ。お前の剣の腕は王国でも指折りだ。そうでなくては私に剣を教える役目を与えていない」
フレスが自慢するようにエーブの胸を軽く叩く。
「感謝しております、フレス様」
剣の師ということもあって二人の中は良好そうではあった。
「元騎士とフレス先輩が先ほど言われていましたが……騎士をやめているのですが」
「はい、お恥ずかしい話ですが、騎士という役目は私としてはやや堅苦しく………いえ、別に他の騎士の方々を貶しているわけではないのですよ。ただ性格的に窮屈になってしまいまして。今後、どうするか悩んでいる時にフレス様にお声をかけられて、ケスター家に仕えさせていただいております」
「おいおい、エーブ。その言い方ではケスター家が貴族としてだらしないという風にも聞こえるぞ」
「いえ、そういうわけでは……フレス様、あまりいじめないでください」
「すまない、冗談だ。まあ、騎士団よりは自由はあるからな。我が家は」
にこやかにフレスと笑い合いながらエーブは横目で俺を吟味するようにチラチラと見てくる。見定めされているかのような視線に背中から冷や汗が出る。
「グリオット君、いつまでも立ち話をしていたは疲れる。そろそろ座ろう。皆も待たせているしな」
「……そうですね」
怖さを感じつつ、フレスの客人である俺に何かしてくることはないだろうと判断して、用意された席に座った。
テーブルに茶菓子と屋敷に入る際に渡していた俺の手土産である茶葉で入れた紅茶が置かれていた。
「諸君、今日は新たな同好の友人が増えたことを祝したささやかな宴だ。急だったので今回はささやかではあるが、近いうちに盛大なモノを行うつもりだよ。準備も進めている」
盛大というフレスの言葉に周りに座るフレスの仲間達から歓喜の声とフレスを称賛する声が上がる。
「静かに。グリオット君が何のことだと困惑してるじゃないか」
「宴ということはパーティですか?」
「そう、パーティだよ。普通の社交界のではない。我々独自のになるけどね。きっと気にいると思うし、君の心労を癒やすことも出来るだろう」
「それは楽しみですね。少しだけでもいいので、事前にどういうものか教えていただけませんか?」
「グリオット君は楽しみをじっと待てない性格なんだね。私もそうなんだよ。実は君に見せたくてしょうがないものがあるんだ。パーティの会場なんだけどね。自慢の会場さ。お茶を飲んで休んだ後に案内するよ」
「待ち遠しくてお茶の味が分からなくなるかもしれませんよ」
「はは、早る気持ちは私も同じだが、せっかく持ってきてもらった紅茶と取り寄せたお菓子だ。ちゃんと味わってくれたまえ」
気になることは多かったが、この場は少しでも早くお茶会を終えることが目的のためには良いだろう。
仕方なくと始まったお茶会の内容は各貴族の自慢話と平民に対する侮蔑の話ばかりで、とても紅茶とお菓子を味わうことは出来なかった。