貴族グループ
翌日、行動するのは早い方がいいと俺はフレス・ケスターが昼食を食べてようとしているところにお邪魔をした。
見つけられるか不安もあったが、茶髪の鼻が高い、細目の学生という特徴から思っていたよりも簡単に見つけることができた。
フレスは貴族専用のテラスで仲が良さそうな数人の貴族グループに囲まれて食事をしていた。
「失礼します、フレス先輩。食事をご一緒してもよろしいでしょうか?」
俺の登場にフレスと周囲に居た貴族グループ達の顔に驚きが見えた。フォレノワール公爵家の嫡男であるグリオットが学校に入学していたことは当然知っていただろうが、これまで特に接点がなかったはずなのに、話しかけてきたのだ。彼らにしてみては驚くほかにない。
懸念点として俺が知らないだけで、グリオットとフレスが既に知り合いだった可能性があったが、ブラウ達に聞いて、フレストは会ったことはないと確認を取れている。いつも一緒にいる二人が言うのだ。学校でも社交界でも、すれ違う程度で会話はなかったのだろう。
「これはこれは……グリオット君。君の方から話しかけてきてくれるとは光栄だ」
「挨拶が遅れて申し訳ありません。ケスター伯爵家の御子息であるフレス先輩には、もっと早く挨拶をすべきだったのですが、慣れない学校生活で忙しかったもので」
「それを言うなら私の方から挨拶に行くべきだったよ。君との関係を築ける良い機会だったのに。私の方も君が忙しいだろうと臆してしまっていた」
「今からでも遅くありませんよ。これから良い関係を築きませんか」
「願ってもないことだ。今の言葉、嬉しいよ」
俺はフレスと握手をすると、貴族グループの一人が気を利かせて開けてくれたフレスの隣の席へと座った。
「ここに来たということは食事はこれからだろう? 実は私が特注して作らせている料理があるんだ。普段は親しい友人以外には、食べさせることはないのだが……グリオット君となれば話は別だ。ご馳走しよう」
「特注の料理ですか? 楽しみです。いただきます」
フレスは給仕を呼ぶとスペシャルを持って来いと指示を出した。指示を受けた給仕は足早に建物内へと戻っていき、おそらく食堂のキッチンへと向かった。
「グリオット君は確か……二人ほど仲が良い生徒が居ると聞いているが、その子達はどうしたんだい?」
「大勢でお邪魔するのは失礼かと思いまして、今日は私だけです。機会を見て紹介しますよ」
「グリオット君の友人か。楽しみだ。さぞや有能なのだろうね」
「良い友人達ですが、有能と言われてもフレス先輩ほどでは当然ありません。聞いてますよ。入学してからずっと学力、剣術、魔法の各科目において優秀な成績を取り続けていると。素晴らしいことです」
「過大な評価だよ。ケスター家の人間として当然の結果を示しているにすぎないのだからね」
頑張って捻り出した言葉でフレスをおだて続けると、彼の機嫌は目に見えて良くなっていく。学校では後輩ではあるが、爵位的に伯爵家より上である公爵家の人間から世辞含みとはいえ、褒められて満足しているのだろう。
俺としてはこの程度で機嫌が良くなってくれるのはありがたい。これを続ければ表立って話さないようなことも口から漏れるかもしれない。
「ご謙遜を。そうだ、実はフレス先輩にお聞きしたいことがありまして。今回はそれが目的でお邪魔しました」
「なんだい? 私が答えられることなら答えようじゃないか」
「最近、学校の生活にようやく慣れてきたのですが、その分、新鮮味が無くなってしまいまして……フレス先輩なら新しい刺激的な学校の過ごし方、遊び方をご存知なのではないかと」
「……刺激的ね」
俺のやや突っ込んだ質問にフレスは考え込むように手を口元に当てて、俺を観察するように視線を送ってきた。
「実は私のクラスには元平民がおります。末席とはいえ貴族。それなりの品格があってしかるべきなのですが……どうにも粗暴でしてね。見ているだけでどうしても心労が溜まってしまうのですよ。なので、何か解消出来る方法はないかと考えています。ご存知ありませんか?」
こういう考えの仲間が欲しいのだろうと言葉を選んで送る。
予想通り、フレスが平民に対して非道なことを行っているとして、何かがきっかけでそのことが表に出た際、抑え込むのには後ろ盾は欲しいはずだ。
伯爵家だけでも十分だとは思うが、公爵家の後ろ盾があれば心強いのに違いはない。フレスは馬鹿ではなく、頭が良いはずなのでリスクに対しての保険は用意したいだろう。
フレスはテーブルに座っていた他の貴族達と確認を取るように顔を合わせる。そして貴族達が頷いたのを確認すると口元から手を話して、にっこりと微笑みを浮かべた。
「心労を解消出来るかはグリオット君次第ではあるが……知っていると答えておこう」
「本当ですか? ぜひ、教えてください」
「まあまあ、落ち着きたまえ。まずは食事をしてからだ。私達も途中だし、君の分もすぐ来るだろう。食事は温かい内に食べるのがいい。詳しい話は……そうだな。明日の放課後は時間はあるかな?」
「明日でしたら問題ありません」
「そうか。なら、私の家に来てくれないか。放課後、君のクラスに使いの者を向かわせよう」
「ケスター伯爵家ですか。伯爵家に行くとなりますと、それなりの準備が必要ですね」
「実家ではないんだよ。学校近郊にある別荘みたいなものなんだ。だから、今のような格好でいい。手土産もいらないよ」
「そういうわけには……そうだ、せめて私が好んで飲んでいる紅茶の茶葉を持参します」
「グリオット君が好きな茶葉か。一つ楽しみが増えたな。では、こちらは茶菓子を用意しておこう」
「ということはお茶会ですか。いいですね。私、好きなんですよ、お茶会」
「私もだよ。ゆっくりと話が出来るからね」
あっけないほど順調に事態が進んでいて気味が悪いくらいだが、いつクローセさん達が拐われるか分からない以上、早く動けるのは良いことだ。フレスがクローセさん達姉妹を誘拐する主犯であるなら、明日中には事件を未然に解決が出来るかもしれない。
状況証拠を掴んでしまえば、後は国の然るべき機関に情報を流せばいい。
国の機関が動いているとなれば、活動は鈍くなり、クローセさん達が誘拐されるようなことは無くなるはずだ。
出来るならば捕まえるところまでいってほしいが、そこまでいかずに伯爵貴族の権力を使われて逃げられる可能性がある。
俺が公爵家の力を使って表立って貴族を断罪することも出来ない。今はまだ他の貴族達から平民よりの貴族だと思われるわけにはいかない。
「ほら、グリオット君。私の特注している料理が来たよ。外国から特別に仕入れている肉を使っていてね。噛まなくても口の中で溶けてしまうほどの一品だ。味付けにもこだわっている。ああっと、余計な説明はいらないな。一口食べれば全て分かるさ」
フレスが用意した特注料理というのが俺の前に運ばれてくる。分厚いステーキ肉で、見た目、匂い、音と共に食欲を刺激してくる。
「熱い内に食べたまえ」
「では、いただきます」
フレスが自慢するだけあってステーキはとても美味しかった。