ごまかし
「稀に肉体と魂の違う生物は存在する。だが、そういうモノ達はいわゆる規格外の動きをする。その種にとっては禁忌とされる行為を平然と行うようなモノ達となる」
「……私は規格外ということか」
「いや、お前を見ていた期間は短いが、分かっていることはある。お前という人間は自分の力を向上させることに貪欲ではあるが、決して好戦的ではない、平穏を望む人間だということだ。平凡とは言わんが、規格外というほど外れてもいない。探せば各地にいる人間の性質だ」
当てはまっている気がする。
「逸脱した行動をしたとしても、それは人間という種族の土台の上での行動だ。規格外のモノ達は土台
の上では行動しない。肉体と魂の形が異なる規格外と呼ぶ種類のはずなのに、お前の行動は規格内だ。どういうことだ? 自分自身のことについて何か気づいていることがあるのではないか?」
「いや、特に何も? そもそも肉体と魂の形と言われても、私に見えているわけではないし、理解が出来ないな」
とりあえずは誤魔化すことにした。
悪魔に事情を素直に話せば、俺がグリオットに体に入っている原因について分かることがあるかもしれない。が、この悪魔の主人がラクレームであることを考えると、彼女から俺と何を話したのかを聞かれた場合、悪魔は嘘は付けずに全てを話してしまうだろう。
そうなってしまうとまた面倒事になる。せっかくグリオットが変わったことを受け入れて納得してくれたというのに、実はグリオットではなく別人だった分かれば、再び今回のような騒動をラクレームは計画するかもしれない。
加えて俺のことを知る人間を増やしたくはない。執事のアントルにはグリオットでないことが見抜かれてしまったので事情を話してしまったが、俺が未来から記憶を持って転生してきている存在であることは秘密であるべきだ。信頼出来る相手だからと言って話せる内容ではない。秘密は知っている人数が多ければ多いほどに漏れてしまう可能性が高くなる。
噂としてだとしても話が広がってしまうと今後グリオットとして動く際の弊害になる可能性がある。
心配しすぎかもしれないが、不確定要素は可能な限り無くしたい。現状、グリオットの体に転生していること自体が既に不確定要素なのだ。
「本当か? 先程の戦いでの一撃。俺がアレを避けられなかったのはお前の動きが寸前までと異なっていたせいもあるが、あの一瞬、それまで異なっていた肉体と魂の形が近づいた驚きもあったからだ」
「何も知らん。確認したいことはそれだけか」
「……」
悪魔が考え込むように黙り込む。
「服の方はまだ乾かないのか。この程度で風邪を引くような鍛え方はしていないが、寒いことには変わりないんだ」
「今回はまあいいだろう。あまりご主人を待たせるのはいかんしな」
宙で乾かされていた俺の服が悪魔の操る風に乗って俺の手元に降りてきた。
「生乾きの箇所もあるかもしれないが大丈夫だろ」
俺は服から血の汚れが落ちていることを確認してから服を着た。悪魔の指摘通り、一部生乾きのところがあったが、この程度ならば屋敷に帰るまでには乾くだろう。
「よし、戻るぞ」
悪魔から返事は無かったが、茂みを出て、森を出ていこうとする俺の後ろを本の状態で浮きながら付いてきた。