最終話 腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる
カリカリと紙にペンを滑らせる音が響く。
アポフィス邸宅の一室で仕事に励むアシュヴィンによるものだ。
それなりに立派な邸宅ではあるが、そこに従事する使用人は非常に少ない。
バロールがろくに他人を信用しておらず、赤の他人と一緒の場所で過ごすのとかマジできつい、という理由によるものだ。
そのせいで業務の偏りはアシュヴィンたちにしわ寄せがきているのだが、そのメイドたちは誰も苦にしていないので、バロール的には問題なかった。
書類仕事に励むアシュヴィンの元にやってきたのは、軽やかに歩くアルテミスだった。
「うへー。よくもまあこんな面倒くさそうな仕事を大量にできるものだにゃあ。みゃあには理解できないわ」
「これもすべてバロール様のためになると思えば、何ら苦ではありません。領民のことはどうでもいいですが、彼らのことをバロール様はとても大切にしておられますから」
書類をのぞき込んで顔を歪めるアルテミスを見ることすらなく、アシュヴィンはスラスラとペンを走らせる。
一区切りついたためペンを置き、アルテミスを見る。
「あなたもそうだから、諜報活動に従事しているのでは?」
「まあ、そうだけどにゃあ。天使教に潜り込むだけの簡単なお仕事です」
ドサッ、と書類がアシュヴィンの机に置かれる。
むろん、アルテミスが報告書を書いたわけではない。
バロールと敵対が決定的になっている天使たちを崇めるカルト天使教に潜入し、適当に盗んできた書類である。
すなわち、中身もろくに確認していないし、まったく重要でないものもあるだろう。
それを判断するのはアシュヴィンであり、自分ではないと知っている。
面倒くさいだけだとも言える。
アシュヴィンとしても、自分では決して潜入などはできないだろうから、アルテミスのやることに文句は言わない。
腹は立っているが。
「図に乗って捕まらないように。あなたが捕まっても、別に助けないので」
「期待していないから、いちいち言わなくてもいいにゃ」
ふふん、と笑うアルテミス。
いつか失敗しろ、と心の中で吐き捨てながら、アシュヴィンはポツリと呟く。
「……これから、どうなるのでしょうか」
「怖いんだったら逃げてもいいわよ? みゃあがご主人を守るから。そして、イチャイチャ可愛がってもらうにゃ」
「私がバロール様から離れることはないので、安心してください。ただ、この先どうなるのかが気になっただけです」
ぎろりとにらみ合う二人。
バロールという存在がなければすぐにでも殺し合いに発展しそうな二人だった。
アルテミスはふんと鼻を鳴らし、絶大なバロールへの信頼を醸し出しながら言った。
「なんとでもなるにゃ。ご主人がいるんだしね」
「……そうですね」
◆
「ぬボー」
「ぬへぇ……」
仕事に励んでいる二人と違って、のんびりとしているのがイズンとコノハである。
というか、もはやだらしないのレベルに入っている。
ぐだーっと全身を投げ捨てている姿は、かなりメイドとしてふさわしくないものだった。
そんなダラダラ仲間であるコノハに、イズンが笑いかける。
「コノハものんびりするんだネ! 仲間ができてうれしイ!」
「あたしも頑張っていたからねぇ。もうしばらくはお休みもらっていてもいいはずよぉ。ナナシが夜にバロールちゃんを殺すかもしれないから、昼夜逆転の生活を送っていたしぃ」
「監視していたんだネ! 驚キ!」
キャッキャッと楽しそうにするイズン。
正直、コノハからするとナナシ並みに良く分からない存在であるのだが、バロールに向ける忠誠心や敬意は感じられる。
そのため、コノハはそんなにイズンのことが嫌いではなかった。
「……あなたはここでのんびりしていてもいいのぉ?」
「うン。イズンの仕事は、バロール殿に危険が及んだ時だかラ。その時に、敵を殺すだけのお仕事」
「ふーん」
ゴロゴロとしながら、何とも物騒な言葉を聞く。
とはいえ、バロールの敵を殺すことは、彼のメイドとして当然のことのため、特に驚くこともなかった。
「それにしても、あの子がまだバロールちゃんの傍にいるのは嫌ねぇ。今はする気がなくても、あたしがいた場所ではバロールちゃん殺しているしぃ」
あの子、というのは、バロールを殺すためにメイドとなったナナシである。
あの天使を殺したことである程度の信は置けているが、だが油断できない存在だった。
そんなコノハの言葉を聞いたイズンは、立ち上がって彼女の手を取った。
「じゃあ、バロール殿のところに行こウ! イズンもバロール殿成分が足りなくなってきたかラ!」
「えっ? あ、ちょ……ッ!」
◆
俺は激怒した。
邪知暴虐のナナシをなんとしても叩きのめしてやらねばと決意した。
「やってくれたな、ナナシ……ッ!」
俺の怒りを受けたナナシは、やれやれと首を横に振った。
なんだその呆れたみたいな態度はぁ!
俺は怒っているんだぞ!!
「あれからそれなりに日数が経っているのに、毎日言ってきますねご主人様。さすがに耳が疲れてきました」
「疲れてきたというメイドが主人の前でゴロゴロベッドに寝転がっているんじゃねえ! 俺のベッドだぞ!!」
「私がベッドメイクしたので」
「理由にならなくない!?」
当たり前のように主人のベッドでゴロゴロしてんじゃねえよ! おかしいだろ!
この野郎……! 自分が天使との戦いで必須な人材だと確信しているから、どんどんと遠慮がなくなっていっている。
遠慮しろ!
「なんだよもう、ふざけんなよ。いつになったら俺の平穏な税金生活が戻ってくるんだ……! 次から次へと面倒事が寄ってきやがって……!」
ガクリと肩を落とす。
なんだよ、天使が俺の命を狙ってくるとか……。
俺、何も悪いことしてないじゃん……。
諸悪の根源は、俺を作ったカインズだろ。あいつを責めろ。
「まあ、出自が出自ですから。諦めてください。私でもご主人様でも、どうすることもできませんし」
「お前が天界とやらに一人で突っ込むというのはどうだ? 全員殺したら戻ってきていいぞ」
「その時は一緒に逝きましょうね」
「ふざけんな」
はーあ、と深いため息をつく。
人生って、うまいこといかないものなんだなあ……。
周りの奴がバカばっかりだと、俺が正しいことをしているのに全然うまくいかないんだもんな。
ビビるよ、マジで。
「はーあ。本当、うまいこといかないことだらけだわ。最近は押しつぶしていたと思っていた邪神がごちゃごちゃ言ってくるしさあ……。うっとうしいから毎回叩き潰す身にもなってほしいわ」
「いやはや、それは大変ですね。……ん? 今、何かとんでもないこと言っていませんでした?」
バッと起き上がってこちらを凝視してくるナナシ。
なんだか最近わけわからんことに、俺が精神世界で押しつぶしたはずの邪神バロールが復活しているっぽいのである。しつこい。
とはいえ、今の奴は俺の意識を乗っ取ろうとするようなことはしていないので、まだマシだが……。
じゃあ、なにが目的なんだろう……。
あと、邪神バロールが女神であることを最近知ったわ。
だから何だと言う話だが。
とりあえず、俺の脳内でささやいたりしてくるのは止めてほしい。普通にうっとうしいから。
「しゃあない。惨めな生活をしている領民たちを見に行って、気を紛らわせるか」
下を見てホッとする。
それが俺の日常生活。
俺は善政を敷いてやっているから、他の領地よりは良い暮らしをしている領民たちだが、それでも俺よりは下の生活だ。
領主だから当然なのだが、まあそういう下々の生活を見て内心で嘲笑おうというだけである。
それで俺の精神の安定が保たれるのだ。
そういうことで、ウキウキで外に出ようとすれば……。
「バロール様!」
「バロール殿!」
「ご主人!」
「バロールちゃん!」
わらわらと飛び込んでくる疫病神たち。
嫌だ。顔なんて見たくない。
俺の顔が一気に引きつったのを自覚する。
「ほら、ご主人様。あの偽善に満ちた笑顔の時間ですよ」
ボソリと耳元で囁かれる。
ナナシ……ッ! 貴様……ッ!
天使の件が終わったら、絶対にクビにしてやる……!
固く決意しながら、俺は張り付けた笑顔でメイドたちに対応する。
「なにかな、皆。一人ずつ話してくれるかな?」
腹黒悪徳領主さま、訳ありメイドたちに囲われる 終わり
完結です!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
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また、色々と活動報告にあとがきを書いたので、良ければ見てください。
最後に、現在『無理やり聖剣をぶち抜いた自称勇者さん、ラスボスになる』というコメディ小説を書いています。
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それでは、ありがとうございました!




