第87話 抹殺です
まったく、なにがバロールだよクソが。
邪神とか知らねえわ。
人様の精神を無理やり汚染してくるようなクソに、俺が負けるわけないだろいい加減にしろ。
そんなことを考えていると、コノハがそっと手を添えてきた。
え、なに……? できる限り触らないでほしいんだけど……。
「……バロールちゃんのことは分かったわぁ。バロールちゃんがホムンクルスでも、あたしが大好きなのは何も変わらないしぃ。バロールの魔眼を持っていることも、何も関係ないわぁ」
「あ、そう……」
(すごく嬉しい愛の告白のはずなのに、恐ろしいほどの塩対応)
だって、別に他人に受け入れられるかどうかなんてどうでもいいし……。
たとえ受け入れられなかったとしても、代わりの肉盾を用意すればいいだけだ。
俺の敵になるなら許さん。アシュヴィンとかが。
「ただ、問題はあなたよナナシぃ。結局、あなたはなんなのぉ?」
「先ほどの説明の通り、邪神バロールのことは、天使たちも非常に恐れているんです。それが、魔眼だけとはいえ復活し、しかもそのホムンクルスはその力を振るうことができる。それは、天使勢力としては見過ごせませんでした」
まあ、邪神バロールが生きていた時は、さんざんにやられたらしいからな、ナナシのいいぶりでは。
天使たちも躍起になって潰そうとするのも分かる。
それで俺が害されるのは許さんがな。
「ちなみに、そのカインズはどうしたのにゃ?」
「不幸な事故で命を落としてしまったよ。不憫だ……」
アルテミスの問いかけに、俺は沈痛な表情で告げる。
不幸な事件だったね……。
(自分を殺処分しようとしてきたからバロールの魔眼でぶっ殺したというのが正しいでしょうに)
(正当防衛だぞ)
結局バロールの魔眼が適応した俺にビビッて殺そうとしてきたんだぞ、おかしいだろ。
目的通りのものができたのに殺処分しようとか、俺がかわいそうだろ。
そして、カインズは遠い地獄に旅立ったのだ。
「近くに寄る者でさえ発狂死させる魔眼と共生しているホムンクルス。世界の理から外れた存在とみなし、滅殺するために派遣されたのが私です」
「では、やはり敵ですか?」
アシュヴィンの剣呑な目を向けられても、ナナシは表情を変えることはない。
むしろ、平然と頷いてみせた。
「当時はその通りでしたね。使命感に燃えていましたし、必ず殺すと誓っていました。しかし、ご主人様と一緒に長く過ごすようになって、私は……」
「好きになったノ!?」
キャー! と楽しそうに声を張り上げるイズン。
はしゃいでいるように見えて、ずっとナナシの動きを監視していて怖い。
あと、ナナシが俺を好きになるとかありえないから。
俺の予想通り、ナナシは緩やかに首を横に振って、真顔で宣った。
「――――――サボる喜びを知りました」
「えぇ……」
悲報。自称天使さん、サボるために使命を放棄していた。
これには天界にいる上司や仲間たちも唖然としていたことだろう。
俺が不憫とかじゃなくて、単純に自分がサボるために放り出したんだもんな。
どんな天使だよ。
「使命に邁進すると疲れるんですよね。しかも、私頑張っていたのに全然見返りもらえていませんでしたし。そのことに疑問を抱いていませんでしたが、ご主人様と一緒にダラダラしたり仕事をさぼったりするうちに思いました」
コクリと頷いたナナシ。
「……これ、めっちゃ楽しい」
「えぇ……」
もう、そんな声しか出てこないわ……。
ドン引きですよ、ナナシさん。
「ということで、ご主人様の色にすっかり染められてしまった私としては、今ではご主人様を殺すつもりは全くないと言っておきましょう」
きりっとした表情で俺を見てくるナナシ。
その染められたって言い方やめろ。気色悪い。
そんなナナシに対して、俺はにっこりと微笑んだ。
「そっか。じゃあ、クビで」
「どうして!?」
どうしてもクソもあるか。
俺を殺しに来たんだろ。消えろ、ゴミが。
改心したとか心変わりしたとか信じられるか。
一度でも考えて実行した奴は信用に値しねえんだよ、ボケが。
この実行ということは、企図しただけでも該当する。
すなわち、俺を殺すために近づいてきた時点でアウトだ。
「いやいやいやいや。私をクビにするのはあまりお勧めしませんよ。とくに、今の状況では」
「なんだお前。一丁前に俺を脅迫しようってのか? まだまだ浅いな、ガキが」
「この中では一番年上ですが」
縋り付いてくるナナシだが、俺はその程度では屈しない。
殺すぞと言われたら屈する。それは止めて。
「私が使命を放棄してダラダラしていることは、いくつも妨害工作をしていましたが、さすがに天界にもばれました」
「ふーん。じゃあ、お前、連れ戻されるってことか? お疲れ」
良いことじゃん。天界とやらに行けば、さすがにすぐに戻ってくるようなことはないだろ。
俺としては何ら問題ない。
「まあ、それもありますが、おそらく次にやってくる天使の一番の目的は……」
「まぶっ!?」
ナナシの話の途中で、辺りがまばゆく光った。
明らかに自然現象でないそれに、俺は目を覆い……。
そして、ゆっくりと目を開けて、空から降りてくるものを唖然と見上げていた。
「ここが下界。……ふっ、相変わらず辛気臭く醜い場所だ」
降りてきた整った顔立ちの男。
しかし、周りのものを見下していることが明らかな表情なので、色々と台無しだ。
身体から光の粒子を発しながら降りてくるその男の背中には、先ほどナナシがチラ見せしたような真っ白な翼が一対生えていた。
……天使、だと……?
「――――――ご主人様の、抹殺です」




