第84話 おこがましいにもほどがあるぞ
突然コノハがナナシを後ろから刺した件について。
えぇ……? なんでぇ……?
いや、別にいいんだけど。ナナシだし。
俺だったら、それはもう大変なことよ。絶対に許さん。
それはそうと、動機が分からん。
なに? ナナシがうっとうしかった?
分かるぅ。
「な、なにが起きているんだ……!?」
刺されたナナシは、フラフラと足元がおぼつかない様子。
それはそうだろう。無防備な背中を刺されたら、誰だってそうなる。
「ナナシ! お前、だいじょ――――――!」
「……え? なんですかこれ? めっちゃ痛いんですけど……」
「えぇ……?」
死ぬんか? ついに死ぬんか?
そう思っていたのに、なんだか普通にしているナナシ。
え、なにこれ……。こわ……。
刺されていないのか、とも思ったが、ちゃんと確認してみるとまだちゃんと背中に包丁が刺さっている。
血も出ている。なのに、普通にしている。
どういうこと……?
やせ我慢なのかとも思ったが、顔に汗が浮かんだり苦痛の表情が出ていたりもしていない。
えぇ……?
これには凶行犯のコノハもびっくり。
「な、なんで平然としているのぉ……? 急所狙ったはずなのに……!」
「あの位置って、たぶん肝臓とかある場所にゃんだけど……。平然としていられるはずがにゃいんだよにゃあ……」
アルテミスがドン引きしながら言う。
暗殺者のこいつが言うと、言葉に説得力もあるんだよなあ……。
……肝臓刺されて平然としているメイドとはいったい……?
「やれやれ。癇癪は止めてください。いきなり刺されたらびっくりしますよ。こんな凶行に及んだ理由はなんですか? 私が仕事を押し付けまくっていたからですか?」
「それじゃね?」
理解できないという風に首を振るナナシ。
おいおい、コノハに動機がしっかりあるんだけど。
お前の自業自得じゃねえか。
そう思っていたら、コノハはなぜか急所を刺しても死なないナナシに半泣きになりながらも、声を張り上げた。
「ち、違うわぁ! それは、ナナシがバロールちゃんを殺すからよ!!」
……うん。
俺とナナシは顔を見合わせ、そしてコノハに一言。
「「……いつも通りでは?」」
「いつも通りなの!?」
まあ、しょっちゅう俺をどうにかしてアポフィス領を手に入れようとしている女だし……。
日ごろから口にしていることだから、特に驚きもない。
(お前、アポフィス領を手中に収めるために俺の命狙ってるの、ばれてるじゃん。どうするの、これ?)
(マズいですね……。隠していたつもりなんですけど……)
(というか、背中刺されて臓器傷ついているはずなのに、平然としているお前が怖い。人間じゃないだろ、お前)
どうしたものかと悩む様子を見せるナナシに、やっぱりドン引きする俺。
人間じゃないわ、こいつ。
「あたしのいた未来だと、ゴルゴーンを何とか倒して戻ってきたとき、血だまりに沈むバロールちゃんの傍に立っていたのはナナシだったのぉ! 状況から考えて、絶対にナナシが犯人だわぁ!」
そう言えば、と俺はハッとさせられる。
コノハは未来からやってきたという電波少女。
俺は微塵も信じていなかったが、俺に害が及ぶとなると話は別だ。
俺はぎろりとナナシを睨みつけた。
「貴様……! よくも俺のことを……!!」
「あれあれ? ご主人様、あっさりと信じちゃいましたね。私が殺していないという可能性を信じることはしないんですか?」
「動機も十分、状況証拠もあり。犯人は貴様だ……!」
「うーん。日ごろの行いが……」
この女、とうとう実行に移しやがったか……!
いつかやるとは思っていたが、本当にやりやがるとは……。
クビだクビだ! どっか消えちまえ!
「それで、ナナシ。あなたは身に覚えがあるんですか? その最悪の未来になりうるようなことが」
アシュヴィンの問いかけ。
なんだろう。表情を強張らせてて、とても怖い。
殺意があふれ出している。
そんな恐ろしいアシュヴィンを前に、ナナシは何も感じていないような無表情で口を開いた。
「はい、あります」
「まあ、そんなことを聞かれてすぐに自白するバカなんていにゃ……い? あれ、あるの?」
「はい。まあ、私がアポフィス領のメイドになったのも、当初からご主人様の殺害が目的でしたから」
「なん、だと……?」
ナナシの言葉に愕然とする。
さ、最初から俺の殺害が目的、だと……?
……まあ、普段の言動を考えればそんなものか。
それはそうと、こうもはっきりと言われると困る。
どうしよう……。
「別に今更隠すことでもないので、全部お話しますけど……」
ナナシはくるりと振り返り、俺たちを見渡す。
無表情で、しかしなぜか迫力があった。
「私、天使です」
…………んん?
その言葉を受けて、俺は苦笑いしてしまう。
「おこがましいにもほどがあるぞ」
「いや、比喩表現じゃなくて」
自分のことを天使って呼ぶなよ……。
そう思っていたが、ナナシはバサッと背中から白い翼をはやした。
……白い翼?
「私、本物の天使です。任務は、人ならざるものであり、世界の理から外れた怪物、バロール・アポフィスの滅殺。よろしくお願いします」
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