第83話 だから、死んでね
決着は、一瞬だった。
ゴルゴーンの魔眼を移植され、一斉に発動していた多数の蛇たち。
そのすべてが、一瞬でひねりつぶされた。
比喩表現ではなく、物理的に、言葉の通りに。
長い蛇の身体がギチギチと無理やり引き延ばされ、そして限界を超えた身体は、引きちぎれて大量の血をまき散らす。
それが同時に、多数発生したため、現場は一気に血の海になる。
同時にコノハたちの身体を襲っていた石化も、当然とばかりに解呪された。
大量の血の雨が降る中、悠然とたたずむバロール。
どれほど彼を好意的に思っていても、必ず恐怖するような光景だった。
異質で未知の力を行使していることも、その要因の一つである。
そんな畏怖されるべきことを平然とやってのけたバロールを見て、メイドたちは……。
(かっこいい……)
メイドたちの脳は焼き切れていた。
◆
「ッッッぜはー……ッ!!」
全身から力が抜け、倒れこみそうになるのを何とかこらえる。
本当は五体を地面に投げ出したいところなんだけどなあ……。
ただ、地面は魔眼を持っていた蛇たちの血で大変なことになっているから、ここに寝転ぶと俺の身体がもっと大変なことになる。
あと、アシュヴィンたちの目があるし。
「すっごい汗だらけですよ、ご主人様。えげつないです」
「えげつないのは、この地獄の空間に俺を突き飛ばしたお前だよ、クソが!」
俺の傍に寄ってきたナナシが、こそこそと顔を近づけて話しかけてくる。
全部お前のせいだぞ。俺は逃げようって言っていたのに!
あとちょっとで死ぬところだったわ!
俺の抗議なんて一切気にせず、ナナシは周りを見渡す。
「というか、本当に凄いですね、ご主人様の力。あの伝説の魔物ゴルゴーンの魔眼も、正面からぶつかって返り討ちにしていましたよ」
「まあ、俺は凄いからな」
「え、うるさ……」
主人に向かってなんだその言い草はぁ!
今度こそクビにしてやろうかと思っていたら……。
「バロール様!」
「バロール殿!」
「ご主人!」
「うわっ! ちょ、いきなりそんなに来たらきもちわる……じゃなくて耐えられなうわあああああああああ!」
他のメイドたちが一斉に飛び込んできた。
うわああああああああ! 嬉しくない重たい人肌が生暖かくて気持ち悪いいいいいいいいいいい!!
思わず突発的に突き飛ばしそうになったが、鋼の意思でそれをとどめる。
「ギリギリ本音を踏みとどまったのは褒めたいところですね」
いつの間にか避けていたナナシが、俺を見下ろしながら呟いた。
この野郎……! ここ最近、全部お前のせいでろくな目にあわねえ……!
「バロール様! 私たちの不甲斐なさのせいでこのようなことをさせてしまい、本当に申し訳ありません。かくなるうえは、私の命を持って償いをさせていただきます」
「ははっ。結果的に皆無事だったからいいじゃないか。というよりも、そんなことをされても償いにはならないよ。俺の傍にいて、これからも仕事に励んでくれ(お前が死んだら誰が俺の代わりに仕事すんだよ。いいからやれよ、ボケ)」
「バロール様……ッ!」
ペラペラと思ってもいないことを口にするのは得意だ。
アシュヴィンはなんだか感激している様子だったが、正直俺は自分が何を言っているのかさえ分かっていない。
自動的に口が動くし。
「バロール殿、すごかったネ! ドーンっテ! バーンっテ!」
「はっはっはっ。イズンも皆を守った力はすごかったよ。ありがとう、いつも助かっているよ(何言ってんのかわかんねえや)」
腕を振り回して興奮した様子のイズン。
真っ白な肌が赤くなっている。
楽だわ、こいつ。バカだし。適当に喋っていても問題ないから。
「ご主人、格好良かったにゃあ。というか、これくらい強かったら、みゃあたちなんていらないんじゃにゃいかにゃ?」
「いやいや。皆を守れたのはよかったけど、こんなことが頻繁にできるとは思えないからね。君たちの力は、とても俺のためになっているよ(ふざけんなよクソ猫! またこんな危ないことを俺にさせる気か!? 正気じゃないよ、お前。二度とこんなことはさせるな)」
少しすねた様子を見せるが、どうせ演技である。
これで構ってほしい、みたいな感じだろう。嫌だわ、ボケ。
(いやはや、本当に凄い二面性ですね。いつかばれるのを楽しみにしていますよ、ご主人様)
(ふざけんな)
無表情でとんでもないことを念話で伝えてくるナナシ。
ばれたら肉盾なくなるだろ。お前が全部やらないといけなくなるが……。
色々とちっちゃいから、隠れづらいんだよ、お前の背中。
「……うん、本当によかったぁ。あたしのやってきたこと、無駄じゃなかったんだなぁ……」
そんな俺たちを見ていたコノハが、ポツリと呟いた。
「運命が良い方向に変わりつつある。だから、この良い運命を、絶対に逃さない。確定させるよぉ」
「コノハ?」
なんだかおかしな空気だ。
ブツブツと独り言を言う奴ほど、怖いものはない。
警戒して観察していると、スッとナナシが動いた。
滑らかに。最初からそう動くと決めていたかのように。
彼女はどこからか取り出した包丁を持って……。
「――――――え?」
後ろから、ナナシを刺した。
「だから、死んでね、ナナシ」




