第82話 うおおおおおおおおおお!
「よし、逃げるか!」
こっそりと茂みの中からゴルゴーンとうちのメイドたちの戦闘を見ていた俺は、大量の蛇の目が一斉に輝いたのを見た瞬間、そう言っていた。
キラキラと大量に光る蛇の目が怖い。
というか、そもそも普通の蛇でも怖いんだわ。俺勝てないし。
それがゴルゴーンの召喚した蛇で、しかも魔眼まで使えるとかありえない。吐きそう。
ということで、現状戦っているメイドたちを置いて逃げることにした。
初めて肉盾として役に立ったな。ブラボー。
「あんなに自分のために必死に戦っているメイドたちを見捨てて唐突に逃げる宣言。さすがです、ご主人様」
「……それって褒めてる?」
「これが褒め言葉に聞こえるんですか?」
なんだこいつ……。
なんでメイドが主人に対してこんなに偉そうなの……?
これが分からない。
「なんかヤバそうだ。あんな中に俺が突っ込んでもできることなんて何もない。だとしたら、俺だけでも生き延びたらいいんだ。ゴルゴーンも死ぬっぽいし、そうしたらあの蛇どもも死ぬだろ」
幸いなことに、あいつらが頑張ったおかげでゴルゴーンは死にそうだ。
なら、このまま逃げても何ら問題ない。
依頼も果たせたし、四大貴族から何かしら搾り取ってやろう。
「蛇が死ぬ根拠は?」
「ないけど?」
最悪のパターンとしては、蛇がそのまま生き残って人間に襲い掛かるということである。
ゴルゴーンの魔眼を使える蛇が大量に散らばったら、それは大変なことだろう。
とはいえ、そんなことは俺が気にすることじゃない。
ここ、アポフィス領でもないし、被害を受けるのは他領の人間だ。
死ぬのは俺じゃないし、税収が大幅に減るのもこの領地の貴族だし関係ねえや。
そもそも、こんな化け物を俺に任せた四大貴族が悪い。
何が四大貴族だ。偉ぶりやがって。ろくなことできてねえじゃねえか。死ね!
「それとも、お前があいつら助けに行くか? 俺は止めないぞ?」
「いえ。私はご主人様の肉盾にならないといけないので、それは止めておきましょう」
「お前……。心にもないことを……」
俺のことをさんざん言うくせに、いざ自分に矛先が向いたらあっさりとそっぽを向くナナシ。
こいつ……。やっぱり、信用できんな……。
まあ、俺が信用している人間、この世界にいないんだけど。俺以外。
「まあ、そういうわけだ。さっさとかえ――――――」
逃げようと姿勢を変えた時だった。
一匹の蛇が、こっちを見て目をきらりと光らせていた。
あ、おわ――――――。
「マズい! ご主人様!」
「てめえ! 庇うみたいな感じで俺を突き飛ばすなああああああああ!?」
ドン! と強く前に突き出された。
まるでナナシが庇ったような感じだが、お前突き飛ばした先アシュヴィンたちがいる場所じゃねえか! 何してんだ!!
「ぬああああああああああああ!?」
◆
自分たちを守るためにバロールが目の前に飛び出してきたのを見たとき、コノハの心に宿ったのは、感激と自分に対する怒りだった。
前者は簡単だ。自分の大切な人が、自分を命がけで守ろうとしてくれている。
それを喜ばない人間が、どこにいるだろうか?
問題は後者である。
(あたしは何のために生きているのよ……ッ!)
強く歯噛みする。
バロールを助けるために、コノハは存在しているのだ。
未来では、悲惨という言葉だけでは片づけられないほどの、最悪の事態を招いた。
だからこそ、この危険な場所にバロールにも来てもらって、目の届くところにいてもらった。
その代わり、ゴルゴーンとの闘いには、絶対に参戦させないようにした。
彼はとても優しいから、自分が表に出ようと言ってくれていたが、すべて却下した。
今回の戦いは、バロールを助けるためのものである。
守られるべき対象を、危険な魔物の眼前に放り投げるようなバカはしない。
途中まではうまくいっていた。
バロールを危険な目に合わせることなく、ゴルゴーンを殺すことに成功したのだ。
長年人類を悩ませていた伝説の魔物の討伐は、それこそ歴史に名を刻まれるほどの功績。
(そんなのはどうでもいいのよ……ッ!)
だが、コノハにとって重要なのは、バロールだけである。
彼のために生きて、彼のために死ぬことこそが生きる意味。
それなのに、そんな彼に助けてもらう。
それが、どれほど罪深いことか。
「コノハ、ありがとう」
「え……?」
自分がふがいないから危険な場に引きずり出されたというのに、バロールが浮かべているのは、穏やかな笑顔だった。
いつも見せてくれる、こちらを慈しんで尊重してくれる、彼特有の優しい笑顔だった。
「ここまで、よく頑張ってくれたな。あとは任せろ」
「バロール、ちゃん……」
コノハたちを守るように、大きな背中を見せるバロール。
守るべき人が、守ろうとしてくれている。
それは、メイドとして許しがたい状況ではあるのに、こんなにも嬉しいものなのか。
コノハは白い頬をうっすらと染め、その大きな背中をうっとりと見つめた。
(はああああああああああん!? なぁにこいつらそろいもそろって石になりかけてんだ、この馬鹿! 俺を矢面に出すんじゃねえよ、カス! 死ね! もう何もかも死ね!)
なお、怒りに染まりきった鬼の形相を浮かべたバロールの顔は、当然誰も見えなかった。
「うおおおおおおおおおお! なんとかなれええええええええええ!!」
バロールの言葉と同時に、彼の目がギラリと光った。
バロールの魔眼と、ゴルゴーンの魔眼。
二つの異質な力が激突し……そして……。
決着は、一瞬だった。




