第77話 やっぱクソだと思う
馬車の中。
最近、馬車にばかり乗っている気がする。
ずっとアポフィス領の邸宅に引きこもっていたいくらいなのに、どうしてこんな活動的でなくてはならないのか。
世の中不条理が過ぎる。
しかも、これから向かう先は伝説の化物ゴルゴーンの元。
おかしいですよ。
ダイナミックな自殺じゃないか……。
そして、俺を憂鬱な気分にさせているのは、その目的だけではなく……。
「バロール殿! このお菓子美味しいヨ! 食べル?」
「えー、ご主人はそっちの奴より、みゃあの持ってるやつだよね? こっちの方が甘いにゃあ」
「……あなたたち、人に御者をやらせておいて、何うらやま……バロール様のご迷惑になることをしているんですか。止めなさい」
「ばくばくばくばく」
馬車の中で好き勝手ほざきまくるメイドたち。
俺の口元にお菓子をぐいぐい押し付けてくるイズン。
近い。当たっている。うざい。
からかうように、イズンと同じようなことをしてくるアルテミス。
近い。当たっている。邪魔。
馬のようななんだかよくわからん生物を手なずけて意のままに操るアシュヴィンに、一切こちらを見ずにひたすらに胃の中にお菓子を落とし込んでいくナナシ。
……なんだこいつら。
うるさすぎる。やかましすぎる。
どうしてこんなことに……。
「うるさいにゃあ、おっぱいは。無駄にでかいから、やかましくなるのよ」
「はあ。胸の大きさをそんなに気にする必要がどこにあるんですの? 貧しい者は心も貧しいのですわね」
「はい、喧嘩売ったあ。先にそっちが仕掛けてきたんだからね。喉を掻き切られても文句ないわよね」
「バロール殿! この飲み物美味しいヨ! 飲ム?」
喧嘩を始めるアシュヴィンとアルテミス。
完全無視しながら、イズンがさらにお菓子を押し付けてくる。
動物園か!?
お前ら騒がしすぎるわ!
あと、イズン!
いらねえって言ってんだろうが!
化け物の元に差し出される生贄の気分なのに、お菓子なんか食えるか!
「懐かしいわぁ」
「君がいた未来でも、こんな感じだったのか?」
コノハがポツリと呟いたので、思わず尋ねてしまった。
どこの世界線でも、こいつらこんな感じなの?
それぞれの世界にいる俺が可愛そうすぎる……。
「ええ。と言っても、その時はバロールちゃんがいなかったから、ここまで和気あいあいとしていなかったけどねぇ。殺気が渦巻くギスギス空間になっていたわぁ」
そう言えば、コノハのいた未来では、俺はゴルゴーン討伐に参戦していなかったんだったな。
殺気が渦巻く馬車の中かあ。
それはそれで嫌ですね……。
まあ、俺は関係ないところでやってくれるのであれば、どうでもいいんだけど。
『というか、どうして非戦闘員である私を連れてきたんですか、ご主人様?』
ナナシが尋ねてくる。
頬をお菓子で膨らませ、リスのようになっている。
なんて意地汚いんだ……。
お前を連れてきた理由?
そんなの、一つしかないだろ。
弾避けだ。
『肉盾とどちらがマシでしょうか……』
どっちもどっちじゃないですかね……。
「しかし、ヨルダクは他に兵を貸してくれなかったんですわね」
「そうみたいだ」
アシュヴィンの言葉に、俺は呪詛を内心で吐き散らす。
本当だよ。
あのクソ狸、言い訳ばっかりしやがって。
何が『私が動いたら他の四大貴族も動かざるを得ないから動けない』だ。
動けや。お前らが協力して討伐しないといけないレベルじゃないのか?
結局、ゴルゴーン討伐に参加しているのは、俺たちだけだ。
メイドだらけの数名で、伝説の化物を殺しに行くバカがどこにいるんだよ。
ふざけやがって……。
「そいつ、保守派だからね。ご主人みたいに急に力をつけてくる貴族のことを、よくは思っていないんじゃにゃいかにゃ? ここで死んだら丸儲け。成功したとしても、力を大きくそぐことができる……って感じ?」
アルテミスの言葉に得心がいく。
そして、俺の中でヨルダクに対する恨みが増幅される。
ふざけやがってえええええええええええ!
狸鍋にしてくれるわあ!
……俺は食べないけど。
「バロール殿、どうすル? メッ、てすル?」
イズンが俺の腕をぺちぺちと叩きながら聞いてくる。
可愛く言っているけど、それって……。
メッ、で人が何人死ぬんですか、それは。
「いや、とにかく今はゴルゴーンだ。まずは、全力でその化け物を倒すことが先決だ」
そうだ。
まずは、ゴルゴーン。
こいつをどうにかしてから、ヨルダクに報復だ。
「ちゃんと準備はしてきたわぁ。あたしは運命を変えてみせる……!」
コノハの強い言葉。
……俺が死ぬ前提の運命って、やっぱクソだと思う。
◆
ゴルゴーンは、数百年以上前の文献でもその存在を見ることができる、まさしく伝説上の化物である。
非常に長い時間にわたり、人類に害をなしてきた。
もちろん、彼女女を倒そうと試みられたことは何度もあるし、数多くの勇士たちが立ち向かった。
しかし、ゴルゴーンを殺すことはできず、何とか弱らせて追い落とすことしかできなかった。
それから時が流れ、その当時の傷も癒えてきた。
ゴルゴーンが再び世に姿を現すことになる。
彼女の行動原理は、人類に害をなすこと。
単純な考えだ。
だから、近くの街道を通る人々を襲い、喰らってきた。
人間の悲鳴はとてもいい。
食欲とはまた別の欲を満たしてくれる。
おそらく、ゴルゴーンというのは、そういう風に作り出されたのだろう。
それが、神か、世界か、それともまた別の何かかもしれないが、ゴルゴーンとはそうあるべきという本能のようなものを植え付けられたのだろう。
だから、ゴルゴーンは今日もその思考にのっとり、行動する。
だが、最近はダメだ。
何度も襲われたからか、人間の行き交う数が非常に少なくなっている。
最近では、いつ喰らったか。
このままではいけない。もっと人間に害をもたらさなければ。
そろそろ移動することも視野に入れている。
相手から近づいてこないのであれば、こちらから近づいてやるのだ。
人類が受け入れがたいほどの悪意を持って、嗜虐的にほくそ笑んでいると……。
「ガッ!?」
ズドッ! と音がすると同時に、ゴルゴーンの額に、遠くから飛来した槍が突き刺さったのであった。
「あまり槍をこういう使い方したことなかったのですが、意外といけましたわ。あとでたくさん褒めてくださいね、バロール様」
「うん、うん……うん?」
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