第75話 時を駆けるのか……
唐突に部屋に押し入ってきたコノハ。
しかも、発した言葉の内容がとんでもない。
俺は呆然とする。
「この俺が……死ぬ……?」
あまりにも非現実的なため、俺はうまく感情を発露することができなかった。
驚愕というよりも、信じられないという気持ちの方が強い。
善良にして完璧なこの俺が、死ぬ……?
『自己評価が高すぎて、いったい誰のことを言っているのかわかりませんね』
俺だけど?
「あー、まあ、いつか人は死ぬだろうけど……」
そういう未来の話だろうか?
確かに、俺も生物だ。
生き物は必ず死ぬし、俺もその例外ではない。
まあ、めちゃくちゃ足掻くけどな。
簡単に死んでなんかやらないぞ。
そう強い意志を持っている俺が死ぬなんて、なおさら受け入れられない。
「バロールちゃんは、このゴルゴーン討伐戦で死ぬのよぉ」
「マジか。なら、なおさらゴルゴーンの討伐隊には参加できないな。あとは任せた、ナナシ」
「!?」
驚愕するナナシ。
真っ黒な目から視線をそらし、うんうんと頷く。
よっしゃ。断る理由ができた。
ラッキー。
もともと参加するつもりは微塵もなかったけど、断りやすくなった。
そう思っていると、コノハが首を横に振る。
「ううん、そうじゃないのぉ」
「ん?」
「あの時も、バロールちゃんは討伐隊に参加せず、この屋敷で待っていたわぁ。ゴルゴーンを何とか討伐して、ボロボロになりながら戻ってきたあたしたちが見たのはぁ……血だまりに沈む、バロールちゃんだったのよぉ」
「んんんんんんんんんんんんん?」
俺の首が折れそうなほどに曲がる。
何がどういうことなの……?
俺はゴルゴーン討伐に参加しなくても、死ぬの?
それ絶対誰かに殺されてるじゃん。
誰だ! ぶっ殺してやる!
「なんで俺が殺されているんだ? いったい誰に……」
「戦力となるメイドが全員いなくなっていたからぁ。他人から見れば、これほど隙だらけなこともないわよねぇ」
コノハの遠回しな表現に納得する。
ああ、そうか。確かに、肉盾が誰も傍にいなければ、俺は格好の餌食だわな。
そして、そんな瞬間の俺を狙うとすれば……。
俺の目がナナシを見る。
なるほど、貴様か。
『ナチュラルに私を疑うご主人様、さすがです』
「しかし、だとしたらどうすれば……」
俺は唸りながら頭を悩ませる。
手元に誰もメイドを置いておかないことが、非常にマズイということは分かった。
だが、ゴルゴーンを相手に、戦力を出し惜しみできるか?
ただメイドを消耗するだけになってしまう。
……まあ、それもいいんだけど。
しかし、つい先ほど俺は手ごまの少なさを嘆いていたところだ。
さらにそれを減らしては、またもや近い将来悔やむばかりになってしまう。
くそ! もっと数を増やしておくべきだったか!
お給金のお金をケチらなければよかった……!
「……あたし、割と荒唐無稽なことを言っている自覚があるんだけど、信じてくれるのぉ?」
「もちろんだ」
コノハが驚いたように俺を見る。
確かに、普通なら彼女の言っていることは信じないだろう。
それは、俺だからというわけではなく、まともな人間ならだれでもそうだ。
自分が死ぬと予言するような相手を、誰が信用する?
しかし、俺は別だ。
俺に関係のあることだったら、電波でも聞き入れよう。
もし、これがコノハの嘘なら嘘でいいのだ。
俺は死なないのだから。
しかし、これを嘘と切り捨ててしまい、いざ死ぬことになったら、死んでも死にきれない。
「うーむ……」
コノハに答えると、俺は再び悩み始める。
どうしたものか。
人手が足りない。
「……バロールちゃんを死なせないため、あたしが考えたのは一つよぉ」
「なんだ?」
コノハが何か打開できるようなことを言ってくれるのかと、期待して待つ。
「バロールちゃんも含め、アポフィス家全員でゴルゴーンを討つ。それしかないわぁ」
「ぐぅぅぅぅ……!」
全力で苦虫を嚙み潰したような顔になる。
考えなかったわけではないが、やはり伝説の化物の前に立ちたくないという思いが強い。
怖い!
ゴルゴーンなんて化物、人が立ち向かっていい相手じゃないだろ!
『メイドは送り込むくせに……』
当たり前だよなぁ。
俺の手駒なんだから、どう使おうが俺の自由だ。
「大丈夫、バロールちゃん。あたしたちが……あたしが、命に代えてもバロールちゃんを守るわぁ」
何とも強い言葉を言ってくれるコノハ。
信用できない……。
言っている人がコノハだからなあ……。
『ここまでのことを言ってもらっておいて……』
だって、俺何回か殺されかけたじゃん。
「そ、うだな。コノハたちを、信じ、よ、う……」
『全然信じていないことがにじみ出ていますよ、ご主人様』
だって、俺何回か殺されかけたじゃん(2回目)。
トラウマを克服するのは、並大抵のことではない。
相当の覚悟と決意が必要だろう。
そして、俺にはそんなものはない。
よって、一生コノハが苦手なままである。
「コノハは、どうしてそこまでしてくれるんだ?」
お前、俺のことを殺そうとしていたよね?(3回目)
その理由が明確にならないと、やっぱり信用できないんだけど。
コノハの言っていることは、俺に関係があるから真剣に検討しているが、普通に考えたらそもそも相手をしてあげること自体おかしい。
それほどの馬鹿らしいことを、コノハは言っているのだから。
「ねえ、バロールちゃん。バロールちゃんは、あたしがメイドになった経緯って、思い出せるぅ?」
「は? それはもちろん……」
いったいそれが何の意味を持つ質問なのか分からないが、答えてやろう。
数が少ないからこそ、その出会いなどは脳裏に焼き付いている。
たとえば、アシュヴィンは愚弟の奴隷だったのを逃げ出し、そこを俺が拾った。
イズンもなんかボロボロになっていて目についたので、拾った。
アルテミスもボロボロになっていたのを拾った。
……拾ったのばっかだな!
ほら、よく覚えている。
コノハに関しては……。
…………。
あれ? こいつ、どうやってメイドにしたんだっけ?
そもそも、俺がメイドとして雇うのは、俺の役に立ちそうな奴をスカウトするという形式だ。
……コノハが俺の役に立つビジョンが見えないのだが?
なら、どうして俺は彼女を雇った?
「思い出せないでしょう? 違和感を覚えないようにはしたけれど、明確な理由付けはしていなかったからねぇ」
思い出されなくてショック……なんて反応ではなく、それが至極当然なのだと、彼女は頷いた。
明確な理由付け……?
まるで、【その記憶を与えなかったから知らないのだ】とでも言いたげだな。
……え? マジ?
「あたしはね、未来から来たのぉ」
時を駆けるのか……。




