第73話 嫌です……
「死ねよ」
「いきなりとんでもない発言ですね、ご主人様。それも、四大貴族に向けるとか、さすがです」
馬車の中で、俺は死んだ目と表情でつぶやいた。
中にいるのはナナシだけだ。
誰にも配慮する必要はない。
内心で毒づくことはいつもやっているが、やはりこうして言葉にしないと、あまりストレス発散にはならない。
だから、何度でも今のうちに言っておきたい。
死んでくれ、と。
「四大貴族とか言っているけど、それって昔の先祖が凄かったってだけじゃん。今のあいつら、何してんの? 俺が殺されかけたくらいしかないんだけど?」
「この国で堂々と批判できるのはご主人様くらいでしょう。ぜひ広場などでお願いします」
「殺されるじゃないか……」
ジト目でナナシを睨みつける。
こうして四大貴族の悪口を言えるのは、決して人前ではないからだ。
ナナシは俺の中で人のカテゴリに入っていないから……。
他人の前で堂々と不満をぶちまければ、どこからか漏れて牢獄にぶち込まれても不思議ではない。
「くそっ。シルティアだったら、何かしら言い訳をして断ってやろうと思っていたんだけど……」
「めっちゃ呼ばれていますもんね。好きなんじゃないか、ってくらい」
四大貴族の一角。
改革派に属する女、シルティア。
あいつ、ケルファインとのゴタゴタがあって以降、やけに俺を自分の邸宅に呼びつけてきやがる。
ふざけるなよ……!
いちいち王都に出るのが、どれほど面倒くさいのか知っているのか……!?
いい思い出がないため、すんげえテンションが下がるのである。
しかも、断ろうとすればチクチク脅迫してくるし。
本当、最悪だ。
「俺がやることなすこと面白いんだろうな。まるで、見世物になった気分だ。腹立つなぁ……」
「他人が失態を侵している姿は大笑いしながら見世物にしていますよね」
俺が笑うのはいいけど、笑われるのは違う。
シルティアが無様なことをさらしていたら、俺はウキウキで鑑賞することだろう。
何か手痛い失敗をしてほしいものだ。
「それにしても、珍しいですね。ヨルダクに呼ばれるなんて」
「本当だよ……。だからこそ、断るのが怖いんだよ……」
はぁっと深いため息をつく。
そう、俺を呼びだしたのは、シルティアではなくヨルダクだったのである。
四大貴族の一人にして、保守派の重鎮。
当主となってからもっとも長いため、四大貴族の中でも古株である。
それだけ長く、権力闘争を生き抜いてきたということができる。
つまり、古狸。
絶対にかかわりたくない相手だ。
なんだかんだで丸め込まれてしまう気しかしない。
シルティアなら適当におしゃべりするだけ。
レスクならあいつの理想を適当に聞き流すだけ。
それで対応できるのだが、ヨルダクは分からない。
俺と関わるのが一番少ないし。
んもおおおお! 行きたくないんですけどおおお!
「あれじゃないですか。アポフィス家の財産を私に贈与しなければならないと言ってくれるとか」
「あいつ、ゴリゴリの保守派だぞ。貴族の財産をどこの馬の骨とも知れないメイドに譲るなんて、認めるはずないだろ」
「私を目の前にしてどこの馬の骨とは……。さすがご主人様、配慮や気遣いをまったく持ち合わせていない」
またも深いため息をついて、目の前に座るナナシを見る。
どす黒く、光がまったくない目が俺を捉えている。
止めろ、こっちを見るな。
どこでも無駄にポジティブなこいつ。
まあ、自分は関係ないと思っているんだろうな。
実際、呼び出されたのは俺であり、一メイドのこいつではない。
「まあ、行けばわかるさ。シルティアみたいに面倒事を押し付けてくるとも思えないし」
「そうですね」
ヨルダクはシルティアのように快楽主義者でも退屈を嫌っているわけでもないだろう。
だからシルティアは変化を求め、改革派に属している。
一方で、ヨルダクは保守派。変化を好まない。
だから、あまりにもおかしな展開にはならない……はずだ。
そう信じるしかない。
「いざとなれば、お前を囮にして逃げ出せばいいし」
「そうで……まさか、私を連れてきた理由って……」
当たり前だよなあ?
「さあ、逝くぞ」
「ちょっと待ってください。言葉のニュアンスもなんか変で……」
「さあ、逝くぞ」
「変わっていない……」
小さく絶望し肩を落とすナナシ。
やったな、ナナシ。
初めてお前が俺の役に立つ時が来たぞ。
◆
ヨルダクの邸宅に招かれた俺とナナシ。
まあ、招かれたのは俺だけで、ナナシは肉盾要員として連れてきたわけだが。
ヨルダクの邸宅は、とてつもなく大きい。
ぶっちゃけ、王城と何ら変わりないのではないかと思うくらい。
四大貴族の中でもぶっちぎりだろう。
……むかつくわぁ。
なに? 見せつけてきてんの?
そんな大きな家を持ってどうしたいの?
意味ないじゃん。
ちっ。
「わざわざ呼び寄せてすまないね、バロール。本当なら、私から出向くのが筋なのですが……」
ヨルダクがにこやかな笑みを浮かべながら言う。
本当だよ。
この俺を呼びだすとか何様?
神でさえも用があれば自分で来ないといけないレベルなのに……。
巨大な邸宅を見せられてからというものの、俺の中でのヨルダク評がみるみるうちに下がっていく。
はあ、早く帰りたいんだが?
「何の贖罪にもなっていないが、用意させた茶と菓子は最高級のものです。少しでも口に合えばいいのですが……」
「いただきます」
『さすがご主人様。一瞬で気を良くしましたね』
素晴らしいですね。
さすがは四大貴族。
いやー、ヨルダクさんみたいな人がいて、王国も幸せだなぁ!
チラリと毒を吐いてきたナナシを睨みつける。
……いつの間にか口いっぱいにほおばっているお前のやばさにビビる。
てかそれ俺の分では!?
「……なかなか個性的なメイドをお持ちのようだ。あまり好ましくはないですねえ」
ヨルダクの目がナナシに向けられ、ナナシが硬直する。
……ぶふふっ! ビビってやんのぉ!
ヨルダクは保守派だからな。
貴族とそれ以外という地位も堅守しようとする。
それを堂々と破ったのだから、ナナシが睨まれるのも当然だろう。
「彼女もこれでもたまにごくまれにいいところを見せるんです。ご容赦ください」
『これでも……たまに……ごくまれに……。なるほど、スリーアウトですね』
何がなるほどなの?
俺がかばっていなかったら、お前かなりやばかったんだぞ。
感謝しろ。
全裸になって三回回ってワンと言え。
『それに何の意味が? スケベ的な意味ですか?』
いや、それで興奮するのってなかなか特殊な人では……?
あと、お前の貧相な全裸を見ても、たぶんまったく興奮しないと思う。
「まあ、君がいいのであれば、私がとやかく言う筋合いはないな。申し訳ない」
「いえ、とんでもありません。もっと言ってやってください。ヨルダク様の御言葉なら、ありがたく受け取ることでしょう」
チクチクとさして、ストレスで禿げさせてくれ。
と言っても、そう何度もヨルダクと会話をするつもりもないから、そんな機会はあまりないのだろうが。
ナナシをいじめてくれるのであれば、毎日でも通い詰める所存である。
「さて、わざわざ君に来てもらった理由を話させていただきましょうか」
ああ、そうだった。
まだ本題が分からないのであった。
まあ、ナナシをチクッとさせただけでも、今回は十分だ。
割と穏やかな気持ちでヨルダクの言葉を待つことができ……。
「君には、現在王国を脅かしている化け物を討伐してもらいたい」
嫌です……。
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